ロゴマークの日


 ~ 六月五日(金) ロゴマークの日 ~


 ※容貌魁偉ようぼうかいい

  立派ででかい



 友達。


 それを維持するためには。

 面倒なこともやらなきゃいけないらしい。


 つまり昨日はあの後。

 きけ子から。

 甲斐に絶対嫌われたって泣きつかれ。


 そのお相手の方からは。

 夏木にしがみつかれたせいで眠れそうにねえとのろけられ。


 当人同士で話せと。

 追い払いたかったんだが。


 隣に座って。

 俺同様、友達がずっといなかったこいつが。


 すげえ嬉しそうに話を聞くもんだから。

 ほったらかしにするわけにもいかず。


「と、友達な感じだった。相談事って嬉しい……、ね」

「ああ、あの二人の話聞いてやった事か」

「……仲直り、させてあげたい……、ね?」

「いや、仲直りってか。この場合、二人をくっ付けることにならねえか?」


 そんな俺の返事に浮かれ出して。

 帰り道の間中ずっときゃあきゃあわたわたしてやがったお嬢様。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 恋愛とか、くっ付けるだとか。

 浮いた話は苦手なくせに。


 そこはやっぱり高校生。

 興味はあるんだな。



 ……そんな舞浜も。

 一日経って。

 ちっとは落ち着き取り戻したようだ。


 今もまじめに。

 先生の脱線話を聞いて。


「いいか? 今の説明が分かったら、持ち物には名前を書いておくように!」


 うんうん頷いて。

 早速実践しようとしてるんだが。


 いやいや。

 そんなかっこ悪い真似すんなっての。


「では授業を続けるぞ。ここで言うdamselは少女と訳せばいいんだが、高貴な生まれという意味合いを含んでいて……」


 しかしこの先生。

 名指しで生徒に答えさせたり。

 当番で係を任命したり。


 やたらと小学生相手なことをやりたがるが。

 持ち物に名前とか。

 こいつは究極だ。


「……そしてお前の感性も相当だよな」

「か、感銘受けた……。名前、書かないと……」

「受けちまったか、感銘。じゃあしょうがねえな」


 教科書、ノートには記名済みだから。

 ペンの一本一本。

 ペンケース。

 消しゴムの本体にまで名前書い……、ちょっと待て。


「書くな書くな。両想いになっちまうぞ?」


 小学生の頃、俺もやったな。

 消しゴムに好きなヤツの名前書くとか。


 でも、お前のそれが叶ったら。

 一生独り身になっちまうっての。


「ち、小さいところに書くの大変……」

「ホッチキスの針束か。……名前じゃなくてマークにしたらどうだ?」

「マーク?」

「そう。マイマークみてえの考えて……」


 デザインセンスにゃ自信ねえが。

 AとMを崩して合体させて。

 そこから花を一本生やして……、と。


「こんな感じの」


 ノートに適当なマークを書いてみたら。

 こいつ、すげえ喜んでやがる。


 いや。

 まてまてお前。


「泣くほど!?」

「か、感激……。これ、私のマーク?」

「こんなかっこ悪いのじゃなくて、自分で考えろっての」

「ううん? これがいい」


 ぐはっ!


 だからそういうのやめろ!

 恥ずかしくなるわ!


「じゃ、じゃあ、保坂君のは私がデザインするね?」

「いらねえよやめろよ恥ずかしい」

「こ、こんな感じ……、かな?」

「…………ほんとやめろ」


 なんだそのどっかで見たことあるHとTをくっ付けたマーク。


 関西方面から叱られるわ。


「十五年ほどリーグ優勝できなくなっちまうっての」

「リーグ???」

「その記号は既出だから却下」

「……で、でも、他にどうくっ付けたら?」

「イニシャルじゃなくてもいいんだ。イメージで勝手に英文字考えれば」

「イメージの英文字?」


 舞浜が首をひねり始めると。

 パラガスときけ子が振り返りながら。

 話に混ざってきやがった。


「舞浜ちゃん、難しく考えないでいいのよん! こんな感じ!」

「これ……は?」

「あたしのマーク! いつかチア部のエースになりたいからね!」


 そう言ってきけ子が見せてくれたのは。

 ノートの端に書かれた『A』の文字に。

 トレードマークの、もわっと膨らんだローツイン。


「あ、そう……、か。イニシャルじゃなくてもいいって、そういう事……、ね」

「そうそう!」


 きけ子が楽しそうに笑ってるけど。

 おい、舞浜よ。


 お前、今。

 『A』の文字に相応しいどこかをちらっと見たろ。


 底抜けに優しいくせに、結構そういうとこもあるよな。

 失礼にもほどがあるっての。


「確かによくわかる~。じゃあ、舞浜ちゃんのマークも作ってやれよ~」

「おっしゃお任せよん! えと……」


 パラガスに煽られたきけ子は。

 最初、舞浜の顔をにらんでイメージ膨らませてたんだが。


 そのうち、視線を下げ始めて。


 花をバックに背負った『D』のマークを書きやがった。


「……バカなのか?」

「そ、そんなにない……」

「いやいや! 今、先生が言ってたじゃん、damselの『D』だって!」

「こ、高貴でもない……」


 適当なこと言いやがって。

 ぜってえサイズの話だろ。


 でも、そんなこと俺が突っ込む訳にいかねえ。

 ありがとうございますって言いながら、きけ子と舞浜に饅頭配ってるパラガスじゃあるまいし。


「……まあ、こんな感じでまずは俺たちの分書いてみろよ」

「そ、そっか。そのあとなら自分のも書きやすい……、かも」


 そろそろ雷が落ちるタイミング。

 俺は視線で前の二人にその旨を伝えて。

 自分も姿勢を正してプリントに目を落とす。


 舞浜は、ノートにペンを走らせっぱなしだし。

 誤魔化せるだろ。



 ……しかし、妙なとこで几帳面だな。

 カッターで丁寧に三ページ切り離して。

 左上に俺たちの名前書いて。


 きけ子の紙にはいくつもデザイン書いちゃ消しして。

 パラガスのはすぐに終わらせて。

 最後に、俺のデザインか。


 さてさて。

 どんなことになっているのやら……?


「え?」

「……まだ、見ちゃダメ……、よ?」


 慌てて舞浜が隠した俺のマーク。

 その中心になってる英文字は。



 『G』



「……あるか?」

「なにが? ……geniusの『G』、だよ?」


 俺、胸板はあるとは思うが。

 容貌魁偉ようぼうかいいって程じゃねえ。


 寄せてあげてみたけど。

 悔しいが、舞浜の足元にも及ばねえ。


 そして、きけ子のマークは。

 ポンポン持った『V』の字だけど。


「こっち? チアだから、ビクトリー……、だよ?」

「あるか?」


 そもそも。

 Vってどんなだ。


 もはやサイズを表す記号にしか見えなくなってる俺の目に。

 飛び込んで来た最後の一枚。


 装飾も何もされていない。

 紙の中心に書かれた一つの英文字は。




 『P』




「うはははははははははははは!!!」

「こら保坂! なんの真似だ!」

「だってこれ! 多分デザイン完了しとる!」


 多分日本じゃ指で足りるほど。

 少なくとも、校内でこれが書いてあったら持ち主特定できるっての。


「いや、済まねえ先生。でも、英語の勉強してたから許してくれ」

「英語の? どんな勉強だ?」


 おっと、食い下がるな。

 だったら曖昧なこと言ってごまかしてやれ。

 

「えっと、夏木は『A』。舞浜は『D』。俺は……、ん?」


 言い訳の途中で。

 教室内、半分くらいの椅子が、ごがーってずれて。


 女子全員が一斉に胸を隠したんだが。

 ちょっと待てお前ら。


「ちげえっての! 夏木はエースになりてえって話で……」

「最低!」

「セクハラ!」

「立ってろ!」

「待て! 聞いてくれ俺の話を!」

「うるさい!」

「変態!」

「廊下行け!」


 あちゃあ、大炎上。

 お前からもフォロー入れてくれ。


 俺は頭掻きながら。

 舞浜の顔をちらっと見たら。


 こいつが、わたわたと。

 ノートに書いた文字。




 『H』




「……なるほど」


 1カップ大きくされた俺は。

 仕方がないから廊下へ向かった。

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