クルミパンの日
~ 六月三日(水) クルミパンの日 ~
※
ひいき目なしの実績採用
汗が、顎までたどり着く暇も与えられずに。
頬を伝っている間に弾けて。
コートに舞い落ちる。
気持ちよく走るにはいささか狭い体育館内を全力で駆け抜け。
耳に親しいゴムの擦れる音を右足と左足とで響かせると。
狭い狭いゴール下にひしめき合って。
一つのボールを十人で追う。
……追うと言っても。
子犬の玉遊びのように。
目の前に跳ねる球形にすがるわけではなく。
彼らが追うのは。
五秒後のボールの姿。
一瞬一瞬ごとに変わりゆく戦場で。
走りながら、跳びながら。
常に未来のボールの位置を再計算し続けて。
その位置に味方が入るよう。
最適な一手を打ち続ける。
球技であり、格闘技であり、チェスのような競技。
それはリングにボールが吸い込まれる度に。
高らかなホイッスルの音と。
盛大な歓声を生み出していた。
「すごい……、ね。甲斐君、またシュート決めた」
「ああ。悔しいけどほんとにすげえ」
「……悔しい?」
「おっとっと。何でもねえよ」
放課後の体育館。
バスケ部で行われてる新入部員の実力検査。
一年生は赤チーム白チーム問わず出たり入ったり。
ありとあらゆるポジションに据えられて。
数分間ずつ適性を見られてる中で。
甲斐のやつ、テスト開始からずっと出ずっぱり。
シューティングガードなんて花形ポジションに入って、何本シュートを決めてるのやら。
パラガスなんて。
向こうで体育座りしっぱなしだってのに。
「先輩、さすがに休憩させてくれ」
「さすがインターミドルの有名プレイヤーだな。お前、インサイドもできるか?」
「……休憩十五分くれたらどんなポジションでも」
「がはは! おい長野! 甲斐と交代だ!」
パラガスとハイタッチなんかしながら。
甲斐がようやくもらった休憩に選んだ場所は。
「なんでこっち来やがる」
「ひでえな。デートの邪魔か?」
「デートじゃねえ」
「……いや。デートにしか見えねえけど」
まあ、そうな。
これで悪ふざけじゃなくて天然とか。
こんな場所じゃ無けりゃ大笑いしてるところだぜ。
放課後の体育館の隅っこで。
ピクニックシートの上に座り込んで。
舞浜が膝に乗せた弁当箱から。
パン貰ってもしゃもしゃ食ってるとか。
「体育館って、飲食禁止だと思うんだが」
「じゃあてめえも巻き込んでやる。食うか?」
「部活中に食うわけあるか。なんだよそれ」
「クルミパンの上に来るミパン」
「ぷっ……!」
おお、舞浜が肩揺すって笑ってやがる。
でもやっぱり凜々花作なんだよな、このネタ。
「ははっ! ミパンってなんだよ、相変わらずおもしれえな保坂は。舞浜が作ったのか?」
「いや、説明すんの面倒だから話さねえけど、俺が作ったんだ」
「は? どういうことだよ」
「聞けよ人の話。面倒だって言ってんだろ」
舞浜の妹、
まわりまわってこいつが弁当に持って来るとか。
しかも弁当箱に三つ分って全部じゃねえか。
余りまくって自分で消費中だ。
「まあいいや。長野の応援か?」
「パラガスの応援になんか来るかっての。あっちの応援だよ」
舞浜に渡してもらったタオルで汗拭いながら。
俺の隣にしゃがんだ甲斐が、目を細くさせる。
そんな視線の先には。
バスケ部と同じように。
一年生が交代交代でフォーメーションに入るチア部の姿があった。
「……すまん、目ぇ悪くて。誰がいるんだ?」
「夏木」
「おお! いたいた! ……へえ、切れがあっていい動きしてるじゃねえか!」
友達が褒められて嬉しくねえはずがねえ。
舞浜は心からの笑顔でわたわたお礼を探して。
「うはははははははははははは!!!」
ばかやろう。
もう一本タオル渡そうとしてんじゃねえ。
「いいよこれだけで。……それにしても、夏木いいなあ! 元気で可愛くて!」
「ん? ……なんだよ。お前の好み?」
「おお、どストライク。……ああ、交代させられちまったか」
「ちょっと走り気味だったもんな。緊張してたんかな?」
「かもな」
一年生が何人か入れ替えさせられて。
先輩から指導受けてるけど。
きけ子のやつ、珍しく。
すげえ真剣な顔で説明聞いてやがる。
「……レギュラー争い、熾烈なんだって……、ね?」
「ああ、言ってたな」
「そうなんだ。じゃあ、まずいかもしれねえ」
甲斐がそんなこと呟いたんだが。
どういう意味だ?
「なにがまずいんだよ」
「一年でも外されなかった子いるだろ。そいつらは見込みありだから二段階目ってことでスタミナ見るんだ」
ああ、なるほど。
今までお前も同じ目に遭ってたってことか。
「外されるってことは見込み無しって事。で、そのうち全体がしっくりくると、気づけばそんとき入ってたメンバーがレギュラーになったりするもんだ」
「……おお。一理あるっての」
「え? まずい……、の?」
週末の一件から。
ネガティブな方だけは表情に出るようになった舞浜が。
悲しそうな顔して聞いてきたんだが。
その、しっくりきたタイミングでメンバーに入ってるかどうかは運次第。
その辺を、どううまいこと説明しようか考えてる間に。
甲斐が容赦なくばっさり切り捨てる。
「上手さでも灰汁でもいいんだけど、何かしらの見どころねえとその他大勢チームにされるんだ。あいつにはそれがねえ」
「おいおい、そんな言い方ねえだろ。散々褒めてたくせに」
「それがスポーツってもんだ」
「見どころ……」
甲斐の言葉を聞いた舞浜は。
意を決したように頷いて。
「おい、どこ行くんだよ」
やたら離れたとこに座り込んで。
俺に向かって大声上げた。
「ほ……、保坂君!」
「うわびっくりした。お前、そんなでかい声出せたの?」
「い、今の一番元気な子、もう踊らないの?」
おいおい。
顔真っ赤にして。
なんてこと言ってんだ。
その茶番に。
俺も手ぇ貸せっての?
「……そうだな。もう出ないんじゃね?」
「じゃあ、帰ろうかなー?」
いくらなんでも棒読みだっての。
俺は甲斐と顔見合わせて苦笑いしたんだが。
でも、こいつはいい。
友達だってバレたらバレたで構わねえわけだ。
……つまり。
上手さじゃなけりゃ。
灰汁があれば構わねえ。
要は、他の奴と違うって印象与えりゃそれでいいわけだ。
「よし、一年は全員交代! まだ入ってないのは三人だからあと一人か……、夏木! もう一本いけるか?」
「はい! 頑張ります!」
こういうあざとさも、時には大事。
俺たちが見てるってことで。
その他大勢から一歩抜きん出た。
「おお、もう一度チャンス貰えたっての」
「夏木の奴、キレはいいからこれで印象に残るだろ。やるじゃねえか舞浜」
「と、友達、だから……、ね?」
いつもの仮面じゃねえ。
嬉しそうに戻ってきたこいつが。
クルミパンを手に取って一口かじる。
お前の友達でよかったって。
心から思うわ。
……って。
綺麗にまとまったとこだってのに。
何なんだよお前は。
「おんなじこと俺にやってくれても~」
「お? 交代か?」
ふらふら近付いてきたパラガスとハイタッチして。
甲斐がコートに戻っていく。
その元気な後ろ姿。
夏木の事、相当嬉しかったみてえだな。
「なんで夏木ばっかり~」
「と、友達、だから……、ね?」
面倒なパラガスにはタオルも無し。
舞浜がばっさり切り捨てたところで。
「じゃあ俺だって一緒だろ~?」
しょうがねえから。
俺が理由を説明してやった。
「友達じゃねえから……、ね?」
「ひでえ~!」
泣きそうな顔して俺に絡みつくパラガスを見て。
舞浜が。
くすくす楽しそうに笑った。
……お前。
案外ひでえとこあるよな。
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