裏切りの日
~ 六月二日(火) 裏切りの日 ~
※
敵は本能寺にあり
「だからよう、意訳以前の問題だっての。お前は知ってる英単語が圧倒的に足りてねえ」
「で、でも……、ね? もうじき私が訳す番……」
「しょうがねえヤツだな、プリント寄こせ。和訳書き込んでやるから」
立たされ率、九割くらいの英語表現。
先生の注意はまだこっちに向いてねえが。
どうせ俺のこと定期的にチェックしてるにちげえねえ。
慎重に事を運ばねえと。
俺にプリント取り上げられて。
おろおろわたわたしてやがる、文系教科壊滅的女。
こいつが困ってるその訳は。
まるで小学校みてえな事しやがる先生のせい。
英語で書かれた小説の一部分。
そんなのをプリントして配って。
席の順に数行ずつ。
和訳を声に出して読めとか。
なんたる非効率。
そんな暇あったら全文一気にお前が訳して。
特殊な慣用句とか受験出題頻度とか傾向とか。
もっと有益なもん教えろっての。
「……裏切り者」
「ん?」
急いで和訳をプリントに書き込んでたら。
はす向かいから聞こえた恨みがましい声。
きけ子だ。
「なんでこっちにらんでんだよ」
「あたしのこと見殺しにしたくせに。舞浜ちゃんばっかり」
ああ、和訳のことか。
だって頼まれなかったし。
こいつみてえに分かりやすくわたわたしねえと。
困ってんの伝わらねえっての。
「面倒なヤツだな。邪魔すんじゃねえ」
「そうだ。保坂ちゃん、週末に舞浜ちゃんとデートしたんだって?」
「邪魔すんなよ聞けよ人の話。ってかなに言い出しやがった!?」
きけ子が妙な事言い出したのを聞きつけて。
パラガスも話に混ざって来たんだが。
「裏切り者~!」
「別にそういうんじゃねえ。なんだみんなして裏切り者って」
ああ、面倒なことになっちまった。
授業中だからまとわりつき攻撃はさすがに来ねえけど。
振り向きながら、ハンカチに見立てた教科書三角に噛んでむきーって顔すんな。
「ひでえやつだな保坂~。お前らいつの間にそんな関係に~」
「だから違うっての。舞浜の妹の悩み事相談的な……」
「……妹、可愛い?」
「パラガスには会わせねえ」
「裏切り者~!」
「うるせえジタバタすんな。信長の最期か」
ちきしょう、邪魔だパラガス。
和訳できねえし。
ヘタすりゃ教室からつまみ出されちまうじゃねえか。
「信長、本能寺で、あいつ裏切り者~ってジタバタしたんか~?」
「いや、そうだったらおもしれえなあって話。今日、本能寺の変があった日だし」
「へ~! まじか、ちょっと感慨深い~」
「だろ? そんじゃ勉強すっから前向け前」
「分かった~。そっか、今日がそうなんだ~」
「あたしは騙されないわよ裏切り者!」
「うぐ」
パラガスは追い払えたが。
きけ子が残ってたか。
「この裏切り者!」
「悪かったよ。今度困ってたら助けてやるから」
「舞浜ちゃんとデートって!」
「怒る対象変わってんじゃねえか。あと、デートじゃねえ」
「舞浜と付き合ってるなんて~。裏切り者~」
「付き合ってねえっての。あと、てめえは戻ってくんな」
ああもう最悪。
ここまで来たらどうなるかなんて。
火を見るより明らか。
隣なんか見なくても分かる。
さっきから、わたわたしっぱなしの舞浜にどうこうできる話じゃねえし。
そして、教卓も見なくても分かる。
さっきから、むかむかしっぱなしの先生をどうこうできるレベルじゃねえ。
「こら貴様ら! 誰が騒ぎの首謀者だ!」
ほらみろこうなった。
でも今日ばかりは俺が立たされる訳にいかねえ。
舞浜の順番までに和訳しねえといけねえし。
そもそも騒がしくしてたのはこいつらだ。
俺が首謀者を告発すべく席を立つと。
犯人どもの方が先に。
俺を指差しながら声を上げた。
「この信長があっしらの頭です~」
「てめえ光秀。黙りやがれ」
「信長様こそ我らが主君よん!」
「んで、てめえは松永久秀だったか」
散々、裏切り者裏切り者言ってやがったけど。
後世の歴史家はてめえらを裏切り者に認定するだろうよ。
だがここで倒れるわけにはいかねえ。
なんとか舞浜のために踏みとどまらねえと。
それにこの腹心は。
きっと俺を助けてくれる。
そんな思いで隣をちらりと見てみれば。
舞浜はわたわたした後、俺を指差して。
「こ、このカエサルが……」
「うはははははははははははは!!! てめえもかよブルータス!」
結局、和訳よりも友情よりも。
笑いを取った腹心のせいで。
俺は処刑台へ連れていかれた。
……でも、なんでだろ。
舞浜、普段なら恩を仇で返すような真似しねえし。
それに、妙に怒ってたような気がするんだよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます