衣替えの日


 秋乃は立哉を笑わせたい 第3笑

 =恋のお手伝いをしよう=



 友情が恋に変わって。

 友達が恋人になるまでの道しるべ。


 準備したものは。

 たった一つの標語だけ。


 『俺たちが無理にくっ付けるのは逆効果』


 この言葉さえあれば。

 恋の駆け引きなんて簡単で。


 逆効果になると言っているこいつを。

 さらに逆にすれば。


 ほらこの通り、簡単に。

 幸せカップルの出来上がり。





 ~ 六月一日(月) 衣替えの日 ~


 ※意気阻喪いきそそう

  しょぼくれへこみ中



 必然的で合理的。

 そして日本の高校では極めて当たり前のこと。


 そんなもん一つとっても。

 こいつにとってはイベントってわけだ。


「うきうきし過ぎなんだよ。落ち着け」

「た、楽しいね、衣替え……」


 なにが楽しいのやらさっぱりだが。

 朝から浮かれまくってる飴色髪の美人さん。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 この、イベントごと大好き女は。

 お隣りの席で。


 クラスで二番目にきょろきょろと。

 みんなの姿を見回してやがる。


「つまんね~。何のための夏服だよ~」

「うるせえ黙れクラス一位」


 そして俺の一つ前の席で。

 朝っぱらから不平鳴らすこいつは長野ながの拳斗けんと


 ひょろ長いから。

 パラガスって呼んでる。


 でも、舞浜の協力が無かったら。

 きっとこんな感じに仲良く話なんかして無かったと思う。


 そんな仲良し四人組の。

 最後の一人は。


「ほんと黙っててよパラガス! まだ寒いからカーディガン着てる子多いの当たり前よん!」


 この元気な女は夏木なつき菊花きくか

 他人の話聞かねえから、頭ん中じゃきけ子って呼んでる。


 小さくて細い体に。

 ふわっと膨らませたローツイン。


 元気だし可愛いし。

 クラスじゃ人気ある方らしい。


 さらに言えば。


 三位だ。


「パラガスが女子の二の腕求めてきょろつくのは分かんだけど、なんで夏木まできょろきょろしてんだよ」

「あ、そうだ! 保坂ちゃん、舞浜ちゃんと週末出かけてたってホント?」

「聞けよ人の話。お前は男子の二の腕でも見てるわけ?」

「そうそう! いいよね、男子の腕! 舞浜ちゃんもそう思うでしょ?」


 あぶねえなあこいつ。

 舞浜と出かけてたなんてクラスに知れたら。

 どうからかわれたもんか分からねえ。


 しれっと話題逸らせたけど。

 ちょろい女で助かるぜ。


 でも、赤マント振った先がまずかった。


 こういう話題は苦手な舞浜が。

 きけ子に絡まれて。

 わたわたしちまってる。


「に、二の腕……、が?」

「そうよそうよ!」

「微妙に分からない……、かな?」

「えーっ!? なんでなんで? 甲斐かい君とか二の腕かっこよくない?」

「お? 嬉しいね。男としちゃあ筋肉褒められんのは悪くねえ」

「うげっ!?」


 あちゃあ、迂闊なやつ。


 きけ子の奴が恐る恐る振り返る先。

 くだんの二の腕晒しながら、パラガスの机に手を突いたソフトモヒカンの超イケメン。


 バスケ部の甲斐が。

 爽やかないけすかねえ笑顔で話に混ざってきやがった。


 まあ、いけすかねえって感じるのは。

 ただのひがみなんだが。


 どういうやつかよく知らねえイケメンスポーツマンに対する男からの評価なんて、誰だって同じになるもんだろ。


「夏木の二の腕も、細くて綺麗じゃないか」

「た、体形の割には太目なのよん! アーモンド食べなきゃ!」

「え? 二の腕にはアーモンドがいいのか?」

「そうそう! ってか、そんなじろじろ見るな!」


 甲斐は、照れるきけ子を軽くあしらって。

 パラガスと、バスケ部の話して席に戻ったんだが。


 やらかしたきけ子は。

 真っ赤な顔で撃沈したまんま。


「やば……。変な女って思われてないかな?」

「大丈夫だって。別に変な話じゃねえし」

「そうかな?」

「悪口なら気まずいかもしんねえけど、褒め言葉じゃねえか。気にすることねえっての」


 舞浜が首ブンブン振って同意してくれたんだが。

 珍しくこいつ、頭抱えて。


 先生が入って来ても。

 教科書も開かねえでへこんでやがる。


 そんなきけ子をどう元気づけたらいいかわからずに。

 わたわたしっぱなしの舞浜も、泣きそうな顔。



 ……しょうがねえな。

 ここは俺の出番か。


 元気になるには。

 やっぱりこれだろ。



 きけ子、そして舞浜よ。

 意気阻喪いきそそうなお前らを。



 元気に無様に笑わせてやるぜ!



 

「夏木、元気出せ。ほれ、お前の好きな二の腕よく見てろ」


 声をかけてやりながら。

 俺がパラガスの二の腕に貼った紙。

 そこに書かれた文字は。



 『二の腕(予定地)』



「ぷっ! 予定ってなによ! ……くくくっ……!」

「いや、もうちっと筋肉ついてねえと夏木好みの二の腕とは呼べねえだろ」

「ひでえ~」

「ぷふふっ!」


 もう、授業始まってっからな。

 きけ子は肩揺すってるけど。

 爆笑するのは堪えてやがる。


 そしてお前な、舞浜よ。


 毎度毎度、こいつは笑いもしねえで。

 わたわた慌ててカバン漁ると。


 きけ子の肩を。

 ちょんちょん突いて振り返らせて。


 油性ペンのキャップ外して。

 俺の二の腕に直で書きやがった文字は。




 『3』




「きゃははははははははははは!!!」

「あはははははははははははは!!!」

「うはははははははははははは!!! 一個多いわ!」


 ちきしょう。

 また今日も負けた。


「……おい。何の騒ぎだ」


 そんで、負けた男の罰ゲームみてえになってきたな。


 俺が席から立つと。

 『3』の字の意味に気付いた何人かがゲタゲタ笑い出す。


「保坂。説明しろ」

「さあな。トライアスロンのゼッケンじゃねえのか?」

「だったらそんなところで座っている場合では無かろう」


 こうして俺は。

 室内温水プールで。


 水泳の時点でリタイアすることになった。


「トライアスロンの選手、おかしいって。もう二の腕が上がらねえっての」

「太くなるかも……、ね? そしたら『3』に……」

「やかましいわ」


 文句はあれど。

 こんな時間まで付き合ってくれたんだ。


 礼に。

 帰り道で、二の腕が細くなるらしいアーモンドのアイスをおごってやった。



「……アイス。太ると思う」

「ばれたか」


 お前が『3』になりやがれ。

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