第8話 Indigo

____________Indigoアンディゴ



              by. 氷室 蒼




江波の訪問が終わり、俺は作業場としている部屋に戻った。


ドアを開くと、そこは様々な『青』で埋め尽くされていた。



「どうかしているな・・・。」


俺は、先程までのリビングでの事を思い出していた。


江波と碧が話している姿を見て、なんとも言えない苛立ちが沸き起こっていた。


江波は碧の事を考え、手助けしてくれているだけなのに・・・・。


碧が江波ににこやかに話し掛ける姿が嫌だと感じたのだ。


何故?俺は自問自答する。


そして、一つの考えに辿りついた。


“そうか、俺は碧と一緒に過ごすうちに妹のように感じているのかもしれない。

身内を大事に想う気持ちが、この苛立ちを感じさせるんだ”



俺は自分自身に芽生えた感情をまだ分かっていなかった。





自分の気持ちを納得させると、目線は棚の上に置いてある写真に止まった。


そこには、笑顔の三人の男女。



俺は片手で写真立てを触ると、「フー」っと溜息をついた。




俺は芸大を出て、画家として生活していた。


もちろん、それは甘いものではなく、なかなか目の出ない俺は日々の食糧

にも困る程、生活はかなり困窮したものとなっていた。


それを陰ながら応援してくれたのが、高校からの友人でもあったシュンと俊の彼女でもあった梨花リカだった。


二人の支えもあり、少しずつだが仕事もできるようになっていた頃、俺の人生

を変える出来事が起こってしまった。



俺は、大切な人を亡くしてしまったのだ。



それからの俺は、自暴自棄になり荒れた生活を送るようになっていた。


そして、辿り着いたのがこの地・・・。


碧を助けたあの砂浜で俺も医師である中川に助けられたのだった。


何もかも、生きる事ですら諦めた俺に、中川は自分の家に連れていき辛抱強く

支え、見守ってくれた、そして、俺の画家という職業を知ると

「何でもいいから描け、お前の思いを画に込めるんだ。」そう言って、俺に筆

を持たせた。


俺は中川の言葉に頷くと、それから狂ったように一心不乱に思いを込め、ひた

すら絵筆を滑らせた。


出来上がった画は、様々な『青』を使った画だった。


悲しみ、後悔、怒り・・・そして、愛・・・。


俺の中にあった全ての感情を込めたその画は、その年の大きな賞を受賞し、俺は

一躍有名画家の仲間入りとなった。


その時から、俺の作品は『青』一色となり、虚無感を抱いたまま送り出す作品は

俺の心情とは逆に世間から益々注目されるようになった。


名声は高まり、気がつけば俺は『青の魔術師』と呼ばれるようになっていて、

使い切れない程の金も入るようになっていた。




あれから、十年・・・・。




俺は、今、何を想う・・・。



江波の訪問から日が経ち、紹介された弁護士との顔合わせの日となった。


碧は朝からソワソワして落ち着かないようだった。


「碧、俺もいるしそんなに緊張しなくても大丈夫だ。」


「で、でも・・・。

 弁護士さんなんて、お世話になる機会なんてそうそうないので緊張

 しますよ・・・。」


「そうかもしれないが、江波さんが紹介してくれた人なんだから、良い人

 だと思うよ。」


「・・・そうですよね。」


まだ、緊張している感じがするが少しは落ち着いてきたかな。


碧の姿を横目に、幼い子を宥めるような愛しさが湧いて笑みが漏れた。



車に乗って、弁護士事務所に向かう。


目的地に近いコインパーキングに車を停め、歩いて向かうと事務所は

オフィスビルの立ち並ぶビルの15階にあった。


エレベーターから降り、目の前の受付に声を掛けると奥の部屋に通された。


暫くすると、ガタイの良いハーフのような男が部屋に入ってきた。


「お待たせしました。

 弁護士の斎藤 琢磨サイトウ タクマです。」


「この度はお世話になります。

 私は氷室蒼、隣にいるのが今回の依頼人になります碧です。」


俺の言葉に碧も一緒に頭を下げた。


「どうぞお掛けください。」


俺達が椅子に腰を下ろすと、丁度良いタイミングでお茶が運ばれてきた。


「では、早速ですが・・・。

 生活安全課の江波さんから、一通り事情はお聞きしました。

 確かにこのまま戸籍が無ければ、生活していく上で困る事も多い少し時間

 はかかりますが、一緒に頑張りましょう。」


ハッキリした声で告げる齋藤弁護士は、江波の言う通り実直そうで安心して

任せられる気がした。


「私は分からないことばかりですが、よろしくお願いします。」


「私も碧のサポートをしますので、ご協力お願いします。」


俺と碧は斎藤弁護士と固く握手をすると、今後の打ち合わせをして事務所を

後にした。


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