第5話 Agate

______________Agateアガーテ



           by. 氷室 蒼





女が目を覚ました翌日、朝早いうちから俺は病室を訪れていた。


女は俺の姿を見ると顔をパッと綻ばせた。


その様子に、冷えていた心に小さな灯がポッと灯った気がした。


「お・・・おはようございます。」


まだ、小さな掠れ声だが、昨日と比べれば大分声が出るようだ。


「おはよう、調子は?」


「・・・大分良いです。」


「もう少しで警察の人が来ると思うけど、俺も一緒にいるから」


「あ、ありがとうございます。」




それから10分程で、部屋のドアがノックされた。


先ず顔を見せたのは、中川、そして後ろにスーツを着た男女。


「おはようございます、警察の方をお連れしました。

 ベットにいる方が、記憶をなくされている今回の患者さんで、隣にいる方が、

第一発見者の方です。」


中川がそう言うと、後ろにいた二人が前に出てきた。


「おはようございます。

 生活安全課の江波エナミ安藤アンドウです。

 詳しいお話を聞かせて頂けますか。」


いかにも人の好さそうな好青年風の男性刑事が声を掛けてきた。


女は不安そうにしながら、隣に立つ俺のジャケットの裾を掴んできた。


その姿に、何にも興味も関心もなく、10年前に閉ざされてしまっていた感情の

扉が少し動く。


そっと、裾を掴む手に自分の手を重ね、女に向け微笑むと俺は、女を発見した

状況と病院までの経緯を順に説明した。


江波という刑事は、

「捜索願いが出されていないか調べ報告します。」

と言い安藤という女の刑事と帰っていった。


警察の二人がいなくなると、女はホッとしたように俺から手を離した。


一瞬、残念な気になったのは俺の思い過ごしだろう。


「あ~、そうそう、検査の結果特に外傷もないし、今日から食事も出来ている

 から、来週には退院できるんだけど・・・。」


中川が女を見て様子を伺う。


「その事だが、ちょっといいだろうか。

 俺も考えたんだが、このままだと施設に行くことになるんだろ?

 良かったら、俺の家で家政婦の仕事をしながら暮らすというのはどうかな

 と思うんだが?」


俺は一晩考えた事を二人に話した。


何となく、このまま施設に行かせるのは可哀想な気がしたのだ。


俺の言葉に女が嬉しそうに俺を見上げる。


「・・い、いん・・ですか・・・?」


絞り出すように何とか言葉を発する女。


女は自分を頼りにしているのは、態度を見ていれば分かった。


まるで、雛鳥が親鳥に縋るようなその態度に、自分の庇護欲が擽られる感覚がする。


「あぁ、俺は一人暮らしだし、幸いにも使ってない部屋もある。

 身の周りの事をしてもらえると、俺も助かる。」


「そうだな!いいんじゃないか!」


中川も乗り気だ。


「じゃあ、退院までに部屋を用意しておくから、お前はそれまでに体を万全に

 することに専念するように。」


「はい!」


女は嬉しそうに小さいながらもハッキリと返事をした。



そうして、女と俺の同居が決まった。


女と同居すると決まった俺は、病院から出るとその足で近くのインテリアショップ

へと足を運んだ。


女の部屋に置く家具をそろえるためだ。


女のイメージに合う物をと見ていると、一角にぴったりのセットが目に留まり、

一式購入した。


そして、カーテンにクッション・・・・。




愛車に乗って、自宅への道を走らせると15分程でグレーの屋根にグレーと白の

外壁のモダンな家が見えてきた。


5年前に建てた北欧風の一軒家。


少し小高い場所に建っているため、窓からの眺めも良い。



玄関に買ってきた物を置くと、二階へ続く階段を上っていく。



階段から直ぐの右手の部屋を女の部屋に考え、ドアを開く。


何も無い、真っ白な部屋。


俺は、腕まくりをすると部屋の窓を開け作業に取り掛かった。





女が退院する前日、やっと部屋が完成した。


真っ白だった部屋の奥には薄い水色の壁紙を貼り、カーテンは紺とターコイズ色

のナチュラルなリネン素材。


ベット、ソーファー、テーブル、ドレッサーは白木の素材。


クッションやベットカバーは柔らかな空色だ。


俺にとって、女のイメージは『海』だった。



出来上がった部屋を見ながら、「気に入ってもらえるかな」思わず口をついて

出た言葉に、思いの外、女のことを気にかけている自分に失笑した。


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