第3話 Bleu Acide

_________________Bleu Acideブルー・アシード


by. 氷室 蒼ヒムロ ソウ




何故その場所にむかったのか・・・。


俺は、まるで何かに導かれるようにあの日リングを捨てた海へと

愛車を走らせていた。


海岸線に沿って伸びる道から、穏やかで碧い海が広がっているのが見える。


堤防沿いの道に愛車を停車し、階段を下って砂浜に降りた。


サラサラとした砂浜を、何処へ向かうでもなく歩き始めた。


寄せては返す波の音に、何処かいつもとは違うサザメク感じを受け

心が落ち着かない。


歩きながら、黒いコートのポケットから煙草を一本取り出し、愛用

のZIPPOで火をつけた。


いつもの煙草の匂いが俺を落ち着かせてくれる。


暫くそうしながら歩いていると、大きな流木が目に留まった。


煙草の煙を胸いっぱいに吸い込んで、持っていた携帯灰皿に吸殻を

しまうと、流木に向かって歩を進めた。



一歩、また一歩と流木に近づいていくと、流木の陰から水色の何か

が、フワリと舞った。


“ 何だ? ”


訝し気に思いながらも水色の正体を知ろうと、歩みを進めた。


流木の脇に回り込み、その場所を見た。


“ これは、いったい・・・!? ”


驚きに立ち竦みながらも、目の前の状況を把握するように見つめる。



目の前には、水色のワンピースを着た女がいた。


いたというか、倒れているのか?


近づき、女の様子をよく見ると、唇は紫色に変色し、青白い顔

からは生気が全く感じられない。


恐る恐る女の手首に触れ脈を診ると、弱いながらもトクトクと

感じる事ができた。


“ このままではいけない。 ”


すぐさま病院へ運ぼうと女を抱きかかえようとした時、ふと目に

入る、女の右手。


何かを握りしめるように、ぎゅっと固く閉じている。


少し気になり、女の右手の指を開くと砂浜にポロリと転がり落ちる

何か・・・。


転がり落ちた物を指でつまみ上げると、リングだと分かった。


どことなく見覚えがあるリング・・・“ まさか・・・”


自分の心臓がドクドクと脈打つ、震える指で持つリングの内側を

見ると、見覚えのある刻印 “ S to R ”


“ 何故、これがここにあるんだ・・・。”


あるはずの無い物を握りしめていた女の顔をまじまじと見ながら

リングを震える手で自分のジーンズのポケットにしまった。



そして、、深呼吸をして気持ちを取り直すと自分の着ていた黒い

コートを脱ぎ、女に掛けると、女ごと抱きかかえるようにして

車に急いで向かった。


砂浜から階段を上り、車の後部座席に女を横たえると、友人の

医師、中川ナカガワの勤務する病院に向かい、車を走らせた。



俺は、病院の中庭にあるベンチに腰かけていた。


中庭からは、病院向こうの川沿いに咲く桜が良く見えた。


川沿いを歩く、桜を見る人の姿も多く目につく。


そう言えば、もうそんな時期なのかとぼんやりと考えていた。


ソウ、こんなところにいたのか、探したぞ。」


呆れたような声を出しながら友人の医師の中川が缶コーヒー片手に現れた。


「あぁ、悪かったな。」


対してすまないという気持ちも込めずに軽く応える俺に軽く肩をすくませながら、

手に持った缶コーヒーを一本俺に手渡す。


「彼女の処置、終わったぞ。

 外傷はないが、衰弱がひどい。数日入院になる。」


「・・・そうか。」


気の無い返事を返す俺に、中川は眉をしかめる。


「ところで、彼女とはどういう関係なんだ?」


「関係なんて無い。初対面だ。」


「あ゛~!?なんだよ、それ?」


俺は簡単に、女を助けた経緯を中川に説明した。


中川は、興味深そうに俺の話を聞いた後


「じゃあ、どこの誰かも分からないのか?」


「まぁ、そういう事だな。」


中川は腕を組みながら少し考えてから口を開いた。


「とりあえず、これも何かの縁だろ。

 今、病室にいるから様子見て帰れば。」


「・・・そうだな。」


女は個室のベットに横になっていた。


目を閉じたままの女は、点滴に繋がれていて、まだ顔は青白いものの、俺が

見つけたときよりは少し顔に赤みがさしているように見えた。



取りあえず、女の状態を確認した俺はそのまま病室を後にした。



次の日の昼過ぎ、俺は女のいる病室に足を運んでいた。


中川の話では、まだ目が覚めないとのことだった。


ベットの横に立ったまま、女の顔を覗き込むと微かに瞼が動いた感じがした。


“ ・・・気のせいか?”


もう一度女の顔を覗き込むと、静かに瞼が動き女が目を開けた。



「おい、大丈夫か?気分はどうだ?」


女は声に気づき、俺を見ながら


「・・・あ~、あ・・・・」


酷く掠れた声を出す。


何か話したいようだが、女も思ったように声がでなく戸惑っているのが

見てとれた。


俺は、直ぐにナースコールを押して女の目が覚めた事を伝え、看護師が

来るのを待った。


直ぐに中川と看護師がやってきて、軽く診察する。


「蒼、これから彼女を検査するから待っててもらってもいいか?」


「あぁ、時間ならあるから大丈夫だが・・・」


「じゃあ、よろしく。」


そう言うと、女を車椅子に乗せて病室を足早に去って行った。



一人残された病室でベット脇に置いてある椅子に座る。


女が寝ていたベットを見つめながら、今の状況を考えていた。



女と自分には何の関わりのない赤の他人。


だが・・・何か割り切れない何かを感じる。


それに、あの捨てたはずのリングの事もある。


モヤモヤする頭を抱えていると、女が看護士が押す車椅子に乗って戻ってきた。


「お待たせしました。

 後で先生からお話がありますので、このままお待ちください。」


人の好さそうな看護士がそう声を掛け病室から出て行った。



女はベットの上で、少し不思議そうに俺の事を見ていた。


そうか・・・女からすれば、初めて見た人間が同じ部屋にいるのは不思議

だろうと思い当たり、女に声を掛けた。


「初めまして、俺はあなたが砂浜で倒れているところを見つけてこの病院

 に運んだものです。」


俺の言葉を聞いて、女は納得したのか「・・・あ・・り・・と・。」

声にならない声を出しながら、頭を下げた。


俺も言葉を続けようとしたところで、部屋をノックする音がして中川が顔

を出した。


女の顔を見ながら


「さっき話したように、こいつも一緒に聞いてもらうからね。」


と確認するように話すと女は、コクンと頭を下げた。



「蒼、俺はお前の人と成りを知っているし、信用している。

 第一発見者というのもあるし、できたら、彼女の力になって欲しいと思う。

 いいだろうか?」


「・・どういう事だ?」


中川は、フ~と一息つくと検査の結果を話し出した。


「彼女は記憶がない。

 自分が何処の誰で、何と言う名前かも分からないそうだ。

 何故、あの砂浜にいたのかも分からないとのことだ。

 所謂、記憶喪失ってことだ。

 そうなると、身寄りも頼る人もいない現状だ。

 このままだと、何処かの施設に行くことになると思う。」


「施設・・・。」


「彼女の声は、明日、明後日にはだいたい戻るだろう。

 一時的に声が出にくくなっているだけだ。

 明日には警察も状況を確認に来ることになっている。」


「そうか・・・。」



話を聞いた上で、改めて女を見た。


歳の頃は20代の中頃か、顔色はまだ優れないが美人の類に入る容姿だと

いうことに気づく。


目には怯えと寂しさ、そして困惑。



じっと見ていると、女と目が合った。


女は縋るような目を向け俺のシャツの袖を握りしめ俯いた。


そんな女の様子に、自然と俺の手は動き、女の頭を大丈夫だという

思いを込めて撫でていた。



「明日、警察が来る時に俺も立ち会うから。

 今後の事は、その時に話合おう。

 俺に何ができるか分からないが、力になろう。」


俺がそう言うと、女も中川もホッとした顔をして微笑んだ。




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