11話 PvP
他の霊山から姫山に迷い混んだ狩人、赤屋敷龍治。
まだ詳細は分かって居ないが、『屋敷』の名を持っている所から考えると、手練れの狩人なのだろう。
そんな彼と、俺は自分の銃『成章』を賭けた勝負をする。
正直、狩りの素人である俺に勝算は無かった。
「ハンデをやるよ」
突然そう言い出したのは、龍治。
「ルール無用とは言え、俺はライセンス持ちの狩人だ。素人相手に本気でやったら、狩人界隈で噂になりかねねえからな」
「その、ライセンスって何ですか?」
ずっと気になっていた用語。
他にも色々とあるのだが、今は一つずつ解決していこう。
「ライセンスとは、その名の通り狩りの免許です」
解説を始めたのは、猫屋敷小夜子。
「怪物を手に入れた時点で、その人間にはもののけを狩る資格が与えられますが、正式な免許は別にあります」
「例えば?」
「そうですね。まず、霊山には階層が三つあって、一階層でそれなりの成果を挙げると、他の霊山で狩りをする免許が与えられます」
だから龍治は猫の事を、自分の山に誘ったのか。
「他にも色々な免許があるのですが、霊山の山頂に辿り着いた時点で最終免許を獲得して、霊山に一人で入る事を認められます」
「それは凄いですね」
「それと、免許とは別に、称号や二つ名が存在します」
ゲームかよ!
……と言う言葉は、猫の真面目な表情を見て引っ込めた。
「称号は特定のもののけを狩ると貰えます。二つ名は狩人達が勝手に付けるのですが、名のある狩人には大抵付いてます」
「猫さん達にも付いてるんですか?」
「はい、一応……」
そこで、何故か猫が黙り混む。
「猫の二つ名は『黒の銃者(くろのがんまん)』だ」
「龍!?」
「ちなみに、俺は『龍の狩人』。そのまんまだな」
言った後、龍治が豪快に笑う。
それにしても、今猫さんは龍治さんの事を龍って呼んだな。やはりこの二人仲良しなのか?
「要するに、俺達は知名度がある狩人って事だ」
「だから、ハンデですか」
「そう言う事だな」
わざわざ説明してくれる龍治。
俺は二人の関係が気になり、それ所では無いのだが。
「そんで、ハンデだが……そうだな」
龍治は腕を組んで考えた後、ポンと手を叩く。
「銃を使わないってのはどうだ?」
「あ、はい。じゃあそれで」
「歯切れが悪いな。銃だけじゃ不満か?」
「いえ、それがどれ位のハンデか分からないので」
「そりゃあそうか」
龍治がケラケラと笑う。
「まあ、とにかくそれでやる。バトルになりゃあそのハンデがいか程のものか、嫌でも感じるだろうよ」
「分かりました」
素直に返事をすると、龍治が俺から距離を取る。
そして、10メートル程先で立ち止まり、こちらを向いた。
「そんじゃあ、やるか」
それだけ言って、猫に視線を送る。
ゆっくりと右手を掲げる猫。
どうやら彼女が始まりの合図をする様だ。
(PvPか……)
龍治を真っ直ぐに見詰めながら、過去にやって来たローグライクの事を思い出す。
一応ではあるが、俺は公共のネットを利用して、対戦型のローグライクをやった事がある。
その知識を利用すれば、ある程度の戦力差を埋める事は出来るだろうが……
(いかんせん、実力差が有り過ぎるなあ)
相手は二つ名持ちのエース。俺は素人。
まともにやり合えば、負けるのは火を見るより明らかだった。
(……よし)
そうなると、俺が出来る事は一つだけ。
作戦は……決まった。
「それでは……」
猫がスッと息を吸う。
高鳴る俺の鼓動。
龍治は静かに笑い、こちらを見詰めて居る。
そして。
「始め!!」
森に木霊する猫の合図。
それと同時に、龍治はファーの前を開き、ベストから小さなナイフを引き抜いた。
「行くぜええええ! ……え?」
叫んだ後、固まる龍治。
その理由は、俺の取った行動にある。
「逃げるのかよ!!」
そう。
俺は龍治に背を向けて、一目散に逃げ始めた。
「ったく! 分かってんじゃねえか!!」
ニヤリと笑い、追い掛け始める龍治。
俺は既に獣道へと入り、罠を掻い潜りながら龍治との距離を広げて居た。
「おい一狼! お前ホントに素人か!?」
「素人ですね!」
「馬鹿言ってんじゃねえ! 素人がこんなに罠を避けられるかっつうの!」
足元に警戒しながら、龍治が必死に追い掛けてくる。
しかし、彼はこの森に入ったばかりなので、森の罠配置を知らない。
地形のアドバンテージは、俺の方にある。
「くそっ!」
龍治が手にもったナイフを掲げる。
俺はナイフが飛んで来ると思って警戒したが、龍治は思いがけない場所にナイフを投げた。
(なっ!?)
龍治がナイフを投げた場所。
それは、足元に生えていた爆発茸。
「ふっ!」
爆発と共に龍治は空を飛び、爆風に乗って俺との距離を一気に詰める。それをもう一度繰り返し、俺は龍治に前を取られてしまった。
「ふっふっふ……どうよ」
「いや、マシで凄いです」
「真似するなよ。俺の装備だから出来るんだからな」
龍治は装備の事を言っているが、あれをやるにはかなりの度胸と体感が必要だ。一般人である俺に出来る筈も無い。
そんな俺が、彼に対抗出来る手段が有るとすれば……
「はっ!」
腰のポーチからカブト玉を二つ出して、龍治に向かって投げる。
「おわっ!?」
咄嗟に避ける龍治。
それと同時に、俺は体を切り返して、違う獣道へと入った。
「ちっ!」
舌打ちした後、再び走り出す龍治。
しかし。
「!?」
足元に転がる蝉玉。
超近距離の鳴き声に対して、流石の龍治も耳を塞ぐ。
そして、その音に耐え切れなくなり、蝉玉の上を駆け抜けようとした瞬間、今度は左右の木に設置していたクワガタ玉が、龍治の胴と足元に襲いかかった。
「くぅ!?」
体を大きく捻って前へと飛び込む龍治。一回転して起き上がり、再び俺の方を向く。
「やるじゃねえか……!?」
その言葉を発した時。
俺は龍治に銃を向けて、引き金を引いていた。
「な!」
『パシュン』
気の抜けた発砲音。
それでも弾は真っ直ぐに飛び、龍治の胸元に直撃した。
(今だ!!)
俺は銃を持ったまま、龍治の状態も確認せずに走る。
遠目に見え始めた森の出口。このまま行けば、俺は確実に逃げられる。
「うおおおお!!」
勢いに任せて、とにかく走る。
出口までは、後10メートル程だ。
「……っ!?」
不意に足の力が抜けて、その場に転がり込む。
右足に残る違和感。
素早くそこ見ると、腿の辺りに小さなナイフが刺さっていた。
「くそっ!」
ナイフを抜いている暇は無い。
歯を食い縛って起き上がり、再び前へと走ろうとする。
だが、そんな俺の目の前には。
「……惜しかったなあ」
両手にナイフを持って、小さく笑う龍治が居た。
「どうだ? 本物の狩人と戦った感想は」
右手のナイフをクルクルと回しながら、俺の事を見下ろす。俺は逃げ切れない事が分かり、その場に座り込んだ。
「……俺の撃った弾は、当たりましたよね」
「ああ。だが、ベストで守られた」
「そうですか」
「本物の狩人ならな、あそこは露出してる頭を狙うんだよ」
全く持ってその通り。
だけど、俺はそれを躊躇した。
「ちなみに、銃を使ってたら、俺を何回殺せましたか?」
「三回だな。始まった瞬間と、爆発茸で飛んだ時と、今」
「……そうですよね」
それだけ言って、小さく笑う。
逃げ切れなかった。
相手に情報が無い武器を幾つも使って、なけなしの銃弾をきちんと当てた上で、それでも前を取られた。
完全敗北とは、こう言う事を言うのだろう。
「お前は良くやったよ」
「……ありがとうございます」
「そんじゃあ、そう言う事で」
投げられる二本のナイフ。
頭と心臓に突き刺さり、俺の意識を高速で刈り取る。
(ああ……)
歪む景色の中で、俺の銃を奪い取る龍治。
もう、何も無い。
威勢の良い事を言っておいて、結局俺は……勝てなかった。
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