12話 伝説銃は量産型

 俺の中に意識が戻り、ゆっくりと目を覚ます。

 最初に見えはのは、夕日に染まる茜空。

 どうやら俺は龍治に殺されて、姫山の麓に戻された様だ。


(……寒いなあ)


 凍える体をゆっくりと起こし、ふうと息を吐く。

 どうして、ここまで寒いのか。

 それは……姫山に衣服を剥ぎ取られて、裸だからだ。


「裸族か!!」


 滑稽な姿に突っ込みを入れて笑う。

 笑う事しか出来ない。

 笑っていないと、戦いに負けてしまった事への悔しさが、心の底から沸き上がってしまうから。


「……はあ」


 秘部を隠している葉っぱを眺めながら、小さくため息を吐く。

 勝てなかった。

 自分の持てる知識を全て活かし、考えた作戦も全て決まったのに、それでも龍治は倒せなかった。

 結局俺は、成章に懐かれただけの一般人だったんだ。


「裸の男が項垂る姿と言うのは、中々にシュールなものだな」


 頭の上から声が聞こえて、顔をあげる。

 そこに居たのは、やれやれと微笑んでいる兵子。


「完敗だったな」


 まるで見ていたかの様なセリフ。

 いや、出口付近で戦って居たので、山の入り口から見ていたのかも知れない。


「あれが、本当の狩人って奴なんですね」


 勝負を分けたお互いの一撃。

 胸を狙って防具に弾かれた俺に対して、龍治はしっかりと急所を貫いて来た。

 命のやり取りにおいて、その差は大きい。


「狩人になると分かってから、覚悟はして居たつもりなんですが、やっぱり上手く行きませんでした」

「一狼、お前……」


 ゴクリと息を飲む兵子。


「裸で粋がるのは良いが、恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしいですね」


 良し、全く格好つかねえ。


「ほら、これを使え」


 兵子が脇に抱えていたポンチョを投げる。羽織ってみると、見た目がてるてる坊主みたいになり、より変態感が増したような気がした。


「うむ、良く似合っているぞ」

「それは誉め言葉ですか?」

「受け止め方は人それぞれだ」


 はい、変態決定と。


「それよりも……」


 ゆっくりと辺りを見回す。

 やはり、成章は俺と一緒に帰って来なかった。


「怪物を取られてしまいました」

「そのようだな」

「これで俺は、もう姫山には登れないんですね」


 寂しく言って小さく笑う。

 元々運が良くてここに招かれただけだ。ルーキーが先走って元の場所に帰るのも、良くある事なのだろう。


(だけど……)


 心が。

 ここから離れるのが寂しいと、俺に告げている。


「まあ、貴重な体験が出来たので、俺は満足……」

「戻りました」


 話の途中。

 振り向くと、そこには猫が立って居た。


「龍と話をして居て、遅くなりまし……」


 俺の姿を見て、猫が一瞬固まる。


「変態!?」

「一狼です」

「ああ、そうでしたか。新手の変態かと思いました」


 あながち外れて居る訳でも無いので、素直に頷く。すると、猫はふうと息を吐き、兵子の前で真っ直ぐに立った。


「本日の課題、終了しました」

「うむ、戦果は?」

「獣型の狩猟はゼロ。途中で龍の狩人と遭遇して、交戦の末に狼さんが怪物を奪われました」


 最悪の結果だ。

 これならば、例え成章を奪われて無かったとしても、俺の破門は確実だろう。

 そう思って居たのに、兵子は。


「うむ、ご苦労だった」


 それだけ言って、その場を立ち去ろうとする。

 流石にそれはおかしいだろうと感じて、俺は思わず声を掛けてしまった。


「あの……兵子さん」

「……何だ?」

「俺は破門じゃないんですか?」


 それを聞いた兵子が、疑問の表現で首を傾げる。


「何故破門になるんだ?」

「課題を達成出来なかったし……」

「別に、今日達成しなければならない課題では無い」

「でも、怪物を奪われてしまいました」

「その事について何だが……」


 兵子が猫の方を向く。


「猫よ。私は怪物の知識に乏しいのだが、『特性付き』の怪物は、奪えないのでは無かったのか?」

「そうですね。通常の特性付きであれば、余程の条件が重ならない限り、奪われる事はありません」


 その言葉に、俺と兵子は首を傾げる。


「ですが、成章に限っては、それが有り得るのです」

「ふむ、良く分からんが、その辺を少し説明して貰おうか」


 兵子の言葉に頷く猫。そして、こほんと息を付いてから説明を始めた。


「まず、成章は量産型なのです」


 少しの沈黙。


「……え? 量産型?」

「はい、量産型です」

「成章は長い歴史を持つ特別な銃だって、言って居ましたよね?」

「それは確かにそうです」


 うーむ、全く意味が解らないぞ?


「成章は、先の大戦時に量産された銃に、もののけの素材を使った事によって、怪物に成り上がった銃なのです」

「先の大戦って……確か百年前位ですよね。歴史としては浅くありませんか?」

「日本に銃が多く出回ったのは、戦国時代からですよ?」


 それを考えると、歴史が古いと言えなくもない。


「つまり、狼さんは大量にある成章の所有者となり、その一本を奪われただけなのです」

「はあ。それで、成章は実際に何本位あるんですか?」

「詳しい数は私にも分かりませんが、少なくとも千本以上はあると言われています」

「千本!?」


 予想外の数字に目を丸めてしまう。


「そう言う事ですので、狼さんはまだ怪物を失った訳では無いのです」 

「だ、そうだ。分かったか?」


 二人の言葉に、とりあえず頷いて置く。

 しかし、もしそれが本当ならば、更に懸念しなければいけない事がある。


「あの……成章が沢山あると言う事は、俺はまた狙われるって事なんですか?」


 その問いに、猫が嬉しそうに微笑んだ。


「成章は数が多い分、多くの人に懐き安いと言われています。ですので、それを持って居るのが素人だと知られたら、率先して狙って来る事が容易に想像出来ます」

「つまり、他の狩人と山で出会ったら……」

「間違いなく、即バトルでしょう」


 その答えを聞いて、苦笑いをしてしまう。

 他の狩人に出会う度に戦って居たら、もののけを狩る暇など無いだろう。


「俺は何の為に狩人になったんだ?」

「他の狩人に搾取される為じゃ無いか?」

「否! 断じて否!!」


 首を大きく横に振った後、ため息を吐く。

 とにかく、どうやら俺は破門になる事は無いらしい。今はそれだけで良しとしよう。


「ふむ、まだまだ知らなければいけない事があるようだが、とりあえず今日の狩りは終わりだ」

「そうですね」

「猫は今日の授業をレポートにまとめて提出しろ。一狼君はもう帰って休むと良い」

「分かりました」


 それだけ言って、俺はやっと立ち上がる。


「ああ、そうだ。忘れていた」


 兵子はそう言うと、ポケットから何かを取り出して俺へと差し出す。

 それは、青色のスマートフォンだった。


「もののけの狩人専用のスマートフォンだ。普通にも使えるから、後で親御さんに連絡すると良い」

「ありがたいんですが、俺はスマートフォンの使い方が分かりません」

「なん……だと?」


 兵子がゴクリと息を飲む。


「今や幼稚園児でさえスマホを持つ時代なのに、それが使えんのか?」

「はい。持った事が無いので」

「そうか……そう言えば、一狼君の家系は貧乏だったのだな」


 哀れみの表情。

 今までに何度もその表情を向けられたが、俺は今までスマホを必要とする生活をして来なかったので、何とも思わなかった。


「そう言う事なので、それは頂けません」

「残念だが、これは狩人になった者への強制支給品だ。専用のアプリもあるから、使い方はキッチリ覚えて貰うぞ」

「兵子さんが教えてくれるんですか?」

「いや、面倒だから未来にでも聞いてくれ」


 はい、生徒に全投げです。

 でもまあ、俺も家族には連絡をしたかったし、今度未来にあったら使い方を教えて貰おう。


「それと、もう一つ。下宿先についてだ」


 言った後、兵子が歩き出したので、俺はそれに着いて行く。

 校庭を横切り校門を抜けて、緩やかな坂を下って行く兵子。

 ある程度歩くと兵子がピタリと止まり、こちらに振り返った。


「これが、今日から一狼君の下宿先になる建物だ」


 俺はその建物を見上げる。

 二階建ての木造住宅。入り口は大きく開けており、一階屋根の上に『味の庵(あじのいおり)』という看板が付いている。

 それは、何処からどう見ても古い食堂だった。


「食堂をやれば良いんですか?」

「やりたければやっても良いが、料理は出来るのか?」

「節約料理で良ければ」

「ふむ、それでは客は入らんだろうな」


 それ以前に、俺は狩人としてここに来たんだが。


「姫神村に隣接して居て、学校からも徒歩一分。本格的な調理場があり、突然の来客にも答えられる。素晴らしい下宿先だな」

「利便性は良さそうですね」

「一人で住むには少し大きいから、後で女でも連れ込めば良い」

「それは、教師の発言としてどうなんでしょうね」


 それを聞いて、兵子が楽しそうに笑った。


「まあとにかく、この家とそのスマートフォンは、今日から一狼君の物だ。一応貸して居る物だから、大事に使う事。分かったな?」

「ありがとうございます」

「それでは、私は学校に戻る。明日の朝にまた会おう」


 それだけ言って、兵子は学校の方へと戻って行った。

 一人取り残された俺は、近くにあったベンチに座り、やっと安堵の息を吐く。

 今日の狩りは、本当に色々あった。

 知識としての収穫は多かったが、これからの狩りの事を考えると、少々頭が痛い。

 しかし、それでも俺は、まだ狩人を続ける事が出来る。

 今はそれで良しとして、今日はこの下宿でゆっくりと休む事にしよう。

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