9話 夏の楽しい虫集め

 俺と猫が姫山に入った途端に、山の景色と天候が変わる。

 景色は『森』。天候は『日本晴れ』。

 俺達が昨日山を出てから死者は出て居ないので、状況が変わって居る事に驚きを隠せなかった。


「姫山って、一日毎に環境が変わるんですか?」


 当然のように、猫に質問をしてみる。


「日によって変わる事はありませんが、全ての霊山は繋がって居るので、他の山で誰かが亡くなっても景色が変わります」

「つまり、俺達が昨日山を降りた後に、違う山で誰かが亡くなったと」

「その様ですね」


 冷静に語る猫。俺としては、昨日頭の中でマッピングした情報が無に帰ってしまったので、残念な気持ちになって居た。


「それにしても……」


 木々に囲まれた景色を眺めながら、頬を伝う汗を拭う。


「とても暑い!」

「どうやら季節は『夏』の様ですね」


 その言葉に苦笑いを返す。

 この山は景色だけでは無く、季節までランダムに変わるのか。


「昨日までは『秋』だったので、獣型を狩り安かったのですが、これでは少し難しくなりますね」

「どうしてですか?」

「それは……」


 猫が話そうとした、その刹那。


『ミィィィィン!!!!』


 耳が弾けるかと思う程の虫の鳴き声が、森に木霊した。


「み、耳が! 耳がぁぁ!!」

「音波蝉の鳴き声です」

「何で冷静なんですか!?」

「慣れですね」 


 慣れでどうかなるものなのか!?

 兎に角、早くこの音を何とかしないと……


『ずきゅーん!!』


 発砲音。

 それと同時に、虫の鳴き声が聞こえなくなった。


「な、何が……」


 言葉の途中で、俺の頭の上にコツンと何かが当たる。足元に落ちたそれを見ると、球型の蝉が落ちていた。


「それが音波蝉です」


 いつの間にか抜いていた黒乃雫を、腰のホルスターに戻す。


「虫型のもののけは倒すと球型になり、投げるとその特性を発揮する武器となります」

「何ですかそのご都合展開は」

「さあ、私にも分かりません」


 成程、仕様なのか。


「ちなみに、持てる数は6匹までです」

「悪意を感じる数ですね」

「どうでしょう。私からすれば、姫山が遊んでいるようにも感じられますが」


 姫山が遊んでいる?

 それはまるで、姫山に『意思』がある様な表現だな。


(いや……あるのか?)


 今までに起きた数々の不思議。山の意思でそうなっているとしか、表現のしようが無い。もしそうなのであれば、山が希望する行為に反するのは、極力控えた方が良さそうだ。


「何はともあれ……」


 足元に転がる蝉玉を手に取る。


「蝉玉! ゲットだ……!!」

『ばきゅーん!!』


 猫の放った銃弾が頬を霞める。


「……その言葉を言った狩人は、次の瞬間山に殺されました」

「ま、まぢですか……」

「ですので、普通に拾って下さいね?」


 満面の笑顔を見せる猫。

 その表情が逆に怖かったので、俺は蝉玉をそっと腰のポーチに収めた。


「さて……」


 猫が銃をホルスターに収めて、こちらを真っ直ぐに見る。


「この様に、夏は虫玉を手に入れる事が出来るのですが、虫は山の至る所に居るので、狩りの障害にもなります」

「もしかして、もののけも虫の鳴き声が苦手なんですか?」

「そうですね。特に小さな獣型は臆病なので、出会えない可能性すら出てきました」

「それは困りましたね」


 それを言うと、猫がふっと笑った。


「とりあえず、一度獣型を探すのは止めて、この周辺の虫を駆除する事にしましょう」


 軽い口調で言う猫。

 しかし、俺はそれに苦笑いを返す。


「俺はこの鬱蒼な森で、小さな虫を探す自信が無いんですが」

「それに関しては大丈夫です」


 猫が再びホルスターから銃を抜く。


「この『黒乃雫』は、生物の気配を察知する特性があります。それを使えば、すぐに虫を駆除出来るでしょう」

「でも、猫さんがそれをやったら、俺が獣型を狩ると言う試験に反する……」

「これは、あくまでもサポートですので」


 ハッキリと言い切る猫。

 まあ、実際に獣型を狩る訳では無いので、別に良いのか。


「分かりました。宜しくお願いします」

「はい。それでは……」


 返事の直後、猫が銃の劇鉄を降ろして、俺に向けて弾丸を二発放つ。

 速すぎて全く反応出来ない俺。

 やっと事に気が付き、ゆっくりと後ろに振り向くと、足元に球型のカブトムシが二体転がっていた。


「突撃カブトです。獲物を見付けたら、有無を言わさずに突進してきます」

「成程、獲物は俺ですか」

「良かったですね。もう少しで体に風穴が空く所でした」


 え? 虫ってそんなに強いの?


「ど、どうやら俺は、非常に危険な場所に足を踏み入れた様だ……」

「御託は良いので、虫玉を拾って下さい」


 冗談を拾ってくれない猫(冗談では無いのだが)。

 俺は言われるままにカブト玉を拾うと、ポーチに収めて気持ちを引き締め直した。


「それでは、続きを始めましょうか」

「続きって?」

「狼さんが森を歩いて、襲って来た虫を私が落とします」

「もしかして! 俺は最初から囮ですか!?」

「あら、言いませんでしたか?」


 言ってませんね。

 しかし、先輩狩人の猫がそう言うのであれば、俺は喜んで囮役をやろうではないか。


(まあ! 死ぬかもだけどね!!)


 ちょっとしたミスが死に繋がる。これこそが、ローグライクの醍醐味だ。


「それじゃあ、少し歩きます」

「はい、ご自由にどうぞ」


 言われるままに森を歩き出す。

 歩く方向も指示せずに、黙って後ろから付いて来る猫。これは、余程銃の腕に自信があると言う事か。


(……とは言えだ)


 足元にあった爆発茸を避けながら考える。


(ただでさえ罠が多いのに、更に虫に気を付けるとか……これ無理ゲーだろ)


 俺を初めて殺した伸びる厚草。あからさまに罠っぽい花。分かり安く首元位にまで伸びて居る蔓。

 季節が秋の時は直ぐに罠を見付けられたのだが、夏は獣道の周りにも草が多く生えているので、見つけるのが大変だ。

 今は何とか回避して居るが、油断したら一発で命を持っていかれるだろう。


「ふう……」


 やっと広い場所に辿り着き、安堵の息を漏らす。

 俺が近くの切り株に座り、バックパックから水筒を取って飲んで居ると、何故か猫が俺の事をじっと見て居た。


「……何ですか?」


 気になったので訊ねると、猫がゆっくりと口を開く。


「狼さんは、昨日初めてこの山に入ったのですよね?」

「そうですね。最初に瞬殺された分も入れると、今回で三回目です」

「それなのに、どうして狼さんは、的確に罠を避けて歩けるのですか?」


 その問いに答えるのは簡単だった。


「ローグライクをやってたからですね」

「ローグライク?」


 やはり猫もローグライクを知らない様だ。


「簡単に言えば、ダンジョンを攻略するゲームです。そのゲームでは、一手間違えるだけで死ぬ事もあるので、罠とかには敏感なんですよ」

「でも、それはゲームのお話ですよね?」

「そうですけど、そればかりやっていたので、日常生活でも見慣れない『異物』には、どうしても反応してしまうんです」

「そうなんですか……」


 不思議そうな目で俺を見ている猫。

 俺としては、これ位の危機察知は日常茶飯事なのだが、普通の人から見ると異質なのだろうか。

 何にせよ、俺はこの能力のお陰で今も生きているので、それで良しとする事にした。


「それよりも猫さん。お腹が減りませんか?」

「そうですね」

「未来が多めにおにぎりを作ってくれたので、一緒に食べませんか?」

「ありがとうございます。それでは……」


 発砲二発。

 振り向くと、俺の首を真っ二つにしようとしていた、クワガタの形をした玉がコトリと落ちた。


「これで周囲の虫は全て落としたので、リロードしたらお昼にしましょう」


 笑顔の猫。苦笑いの俺。

 その後、猫と一緒に食べた昼飯は美味しかったが、猫のサポートが無ければ二回死んで居た事を思うと、心から食事を楽しむ事は出来なかった。

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