8話 黒の銃者は抜けている
姫山に入る準備を整えて、入り口で猫が来るのを待つ。
時刻は朝の八時三十分。
待ち合わせの時間は九時なのだが、特に準備する程の装備も持って居ないので、早く着き過ぎてしまった。
(猫さんとのバディか……)
姫山を眺めながら思いにふける。
正直、猫は好みのタイプである。
綺麗な容姿は言うまでも無し。おっとりしていながらも真面目な性格で、自分の気持ちをハッキリと言って来るのも悪くない。
しかし、俺の不用意な一言によって、猫とは喧嘩状態になってしまった。
(さて、どうやって仲直りしようかな)
山頂の一本桜を眺めながら考える。
師匠譲りなのかは分からないが、猫は俺が話す前に内容を解釈して、話を最後まで聞いてくれない。そこから考えると、下手な良い訳をすれば、逆に溝を広げる可能性もある。
(そうなると、行動で示すしかないか?)
必然的に辿り着く答え。
しかし、狩りの技術に関しては、全てにおいて猫が上だろう。
そうなると、他に出来る事と言えば……
「お待たせしました」
そんな事を考えて居たら、猫が現れてしまった。
「猫さん、お疲れ様で……」
言葉の途中で目を疑う。
「……その衣装は?」
「私の狩り装備です……あ、あまり見ないで下さい!」
猫が装備して来たその衣装。
肩に掛けられた青黒いファーまでは納得出来るのだが、中に来ている服は、何故かお腹の部分が露出されている。
更に俺を混乱させたのは、これから山に入るというのに、黒いウエスタンハットとブーツを履いていて、その出で立ちはまるで中世のガンマンの様だった。
「俺の作業着だけと言うのも大概ですけど、これはまた……」
「これが私の最善なんです! 変な事を考えないで下さい!」
それは無理です。
「二人とも準備は出来た様だな」
そんな事を考えて居た俺の前に、兵子が現れる。
「兵子さん、猫さんがご乱心なんですが」
「うむ、山を舐めているとしか思えないな」
「師匠!?」
「冗談だ。猫の装備が最善なのは、私が一番知っている」
ふうと息を吐く猫。
俺から見れば、どう見ても狩りをする格好では無いのだが、どうやらあの服装が本当に『最善』の様だ。
その意図が読めずに苦悩していると、俺を無視して狩りの説明が始まってしまった。
「それで、今回の狩りの目標だが……」
その言葉に、ゴクリと息を飲む。
「姫山の一階層で、獣型のもののけを三匹以上狩って来る事だ」
「けものがた?」
新しく聞いた言葉に首を傾げる。
「獣型とは、動物に似たもののけの事を指します」
「つまり、黒夜叉みたいな奴って事ですか?」
「そうですね。ですが、黒夜叉は一階層でもかなりの強敵なので、今回は狩り安い獣型を狩る事になると思います」
猫の説明に頷く。
しかし、獣型とか怪物とか、ここに来て専門用語が当たり前になってきたな。
これからの自分に関わって来る事だし、覚えられる事は覚えて置く事にしよう。
「それで、狩り安い獣型って、どんなのですか?」
「そうですね。鎌鼬とか飛栗鼠とか、小型の獣型が良いのではないでしょうか」
「成程、そうですか」
俺が素直に頷くと、何故か兵子が小さく笑った。
「何か問題でも?」
「いや、君達の会話の『ずれ』が、中々に面白くてな」
その言葉を聞いて、首を傾げる猫。
しかし、俺はその話の『ずれ』とやらを、既に理解して居る。姫山に入れば、猫も自ずとその理由に気が付くだろう。
「まあ良い。兎に角、これは一狼君を姫山に慣れさせる為の訓練だ。猫はサポートに回り、一狼君に狩りをさせるように」
「……分かりました」
不機嫌そうな表情で頷く猫。それを見て、俺は作り笑いを返した。
「それでは、早速姫山に入って……」
「ちょぉっと待ったぁぁぁ!!」
遠くから響く女子の声。
何事かと振り向くと、加工場の方から未来が走って来た。
「はあ……間に合った」
俺の前で立ち止まり、息を整える未来。その服装は、昨日の浴衣とは違い作業着だった。
「未来、どうかしたのか?」
「うん、これを……」
緑色のバックパックを地面に降ろして、何かを取り出す。
取り出したのは、先端が赤い弾丸三発と、手作りっぽいお弁当だった。
「その銃で撃てる弾だよ。一発だけだと不安だと思ったから」
「お弁当は?」
「山はお腹が直ぐ減るから、持って行った方が良いと思って」
昨日歓迎会から解散した後、いつの間にか居なくなっていたのは、これを作る為だったのか。
「ありがとう。凄く助かるよ」
「気にしないで。私も楽しく作れたから」
無邪気に笑う未来。
笑う姿は昔会った時と変わらないなあ。
そして、その屈託の無い微笑みに、俺は何度救われた事か。
「それじゃあ、私は帰るね。お父さんが心配してるから」
ポケットからスマホを取り出して、家路に着く未来。
そう言えば、俺はここに来てから、一度も家族に連絡をして居ない。
兵子が代わりに連絡していると言って居たが、自分でも安否くらいは知らせた方が良さそうだ。
(まあ、俺はスマホを持っていないのだが)
幸いここは田舎町だ。公衆電話というレアアイテムが、どこかにある事を祈ろう。
「さて、話は終わった様だな」
改めて兵子が声を掛けてくる。
「良かったな一狼君。弾の補充が出来て」
「まあ、あった所で上手く使えるか分かりませんが」
「いやいや、例えそうであっても、弾はあった方が良いだろう」
その言葉に猫がビクリと体を震わせる。
そう。朝の段階で猫が弾を撃ってしまったので、本当は残弾数ゼロでのスタートだったのだ。
「あの、私……」
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
猫の謝罪を言葉で遮り、笑顔を返す。
先手を取られて頬を膨らませる猫。彼女は感情が豊かで好ましいなあ。
「兵子さん、行ってきます」
「うむ、くれぐれも死んで帰ってくるなよ」
「それは保証出来ません」
ふっと笑って歩き出す。
猫は相変わらず不機嫌そうにしていたが、やがて大きくため息を吐き、俺の後ろを追い掛けて来た。
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