7話 黒の銃者は語りたい
黒夜叉を狩った翌日。外から聞こえてきた銃撃音で、ゆっくりと目を覚ます。
起きた場所は、見た事の無い畳の部屋。
そう言えば、まだ住居が決まっていないので、昨日は学校の宿直室に泊まったのだった。
(……朝から何だ?)
目覚ましの時刻は朝の6時30分。登校するには一時間以上も早い。よって俺は、布団を頭に被せて、目覚ましが鳴るまで二度寝をする事にした。
やがて銃声も収まり、朝の静けさが戻ってくる。
……しかし。
『バキューン! バキューン!』
再び響く銃撃音。
流石に寝て居られなくなったので、俺はゆっくりと起き上がり、朝の準備を整える事にした。
水飲み場で顔を洗い、借り物の作業着に身を通して、朝の準備が完了する。
これから学校が始まるまで何をしようかと迷ったが、朝から鳴っている発砲音がまだ続いて居たので、その犯人を探す事にした。
(全く、朝からバンバンと……)
小言を並べながら校庭へと向かう。
昇降口で外靴に履き替えて校舎の外に出ると、校庭の奥に銃撃音を鳴らして居た犯人が見えてきた。
(あれは……)
初めて見る女性。
黒色のポニーテールに、黒を基調としたブレザー。表情は柔和なお姉さん風で、校庭の端から反対方向を見て凛と立って居る。
(この学校の生徒か?)
そんな事を思って居ると、女性がこちらに気付く。
最初は愚痴でも言ってやろうかと思って居たのだが、彼女の顔を見た途端にその言葉は消え、興味だけで彼女に近付いた。
「おはようございます」
「おはようございます」
お互いに丁寧な挨拶。
それが終わると、彼女は俺の事を見て小さく笑う。
「何か可笑しい所でもありましたか?」
「いえ、寝癖が……」
それを聞いて、俺の寝癖が化物級だと言う事を思い出す。
「ああ、大丈夫です。そのうち直りますから」
「アフロみたいになっていますけど?」
「そうなんですけど、時間が経つと爽やかアナウンサー風に戻るんですよね」
「爽やかアナウンサーですか」
女性が再び上品に笑う。
見た目だけで言えば、大和撫子。
しかし、右手に持って居る黒色のリボルバーが、その容姿に対して異彩を放って居た。
「その銃はもののけ専用ですか?」
「ええ、そうです。名は『黒乃雫(くろのずく)』と言います」
「くろのずく?」
「はい。そのまま黒の雫と書きます」
成程。もののけ専用の武器には、それぞれ名前が付いているのか。
「桧山一狼さん、ですよね?」
名乗って居ないのに名前を呼ばれたので、少しドキリとする。
「そうです。貴女は?」
「猫屋敷小夜子(ねこやしきさよこ)です。猫とお呼び下さい」
「それじゃあ、俺は狼ですね」
そう言って、お互いに笑う。
この山に来るまでは、貧乏脱出の為にバイトばかりして居たので、女子とまともに話すのは久しぶりだった。
「所で、狼さんはもののけ専用の武器を下界で拾ったのですよね?」
「下界?」
「この村の外で、と言う事です」
不思議な呼び方だと思ったが、とりあえず頷いておく。
「自分から下界に降りる武器は珍しいので、是非見せて頂きたいのですが」
銃が意思を持って居るかの様に語る猫。
もしかして、もののけ武器とは『そう言う物』なのだろうか。
「そう言えば、俺の銃は何処に置いて来たっけ?」
「あら、見失ったのですか?」
「昨日加工場に置いたままで、それから……」
「それならば、その辺の草むらに落ちているかもしれませんよ?」
すっ飛んだ答えに数秒黙る。
「……今何と?」
「その辺に落ちていると思いますよ?」
「何で!?」
「怪物は持ち手に付いて来ますから」
……怪物?
怪物って何だ? 映画とかのあれか?
「まあ……怪物が付いて来たら、それは恐ろしいですね」
「あ、違います。もののけ専用の武器の事を『怪物』と呼ぶのです」
成程、そう言う事だったのか。
とは言え、探している物は無機物だ。近くの草むらを探した所で、銃があるはずなどある訳が……
「あるし!!」
昨日加工場に置いて来たはずの銃。
猫の言う通り、校庭端にある木の影に、ひっそりと立て掛けられて居た。
「だ、誰がこんなイタズラを……」
「イタズラではありません。怪物とはそう言う物なのです」
完全に常識からは外れているが、実際に銃があったので、それを認めるしかない。
俺は無理やり自分を納得させた後、その銃を手に取って、後ろに居た猫に差し出した。
「これが俺の銃です。家の近くの川縁に落ちていたんですが……」
「な、成章!?」
銃を見た途端、猫が勢い良く叫ぶ。
そう言えば、未来もこの銃を見た時に、そんな名前を言っていたなあ。
「ナリアキラって……」
「この銃の名前です! どうして狼さんが持っていらっしゃるのですか!?」
「どうしてって、拾ったからですが……」
ゆっくりと近付いてくる猫。そして、俺が持って居た銃を手に取ろうとする。
「あ、猫さん。これは……」
凄く重い。
それを言い切る前に、猫は銃を簡単に持ち上げてしまった。
「おっと?」
「どうして成章が一般人に……あれほど探したのに……」
小声で独り言を言う猫。どうやらこの銃は、猫と何か関係があるようだ。
「猫さん。一つ聞いて良いですか?」
「……はい? 何でしょうか?」
「猫さんって、超怪力なんですか?」
それを聞いた猫の顔が真っ赤に染まる。
「す、済みません! 私ったら、何の説明も無しに……!」
「いや、良いんですけど」
「そうですよね! この銃は重さが特性ですから!」
銃を小脇に抱えて、猫が頬を掻く。
「ええと、この銃は少し特殊で……狩者衆の中でも長い歴史を持っていて、屋敷名を持つ者達の憧れの武器でもあり……」
「そうなんですか」
「過去に一度でも成章を持った一族は、その持ち主に関係無く、自由に使う事が出来て……」
「それは凄いですね」
「……と言う事で! 一発撃たせて貰っても宜しいでしょうか!」
「はい、どうぞ……って」
説明が長いので聞き流して居たのだが、最後の一言で、弾が切れて居る事を思い出した。
「済みません。それ、弾がもう無い……」
「失礼します!」
校庭の反対側に向けて銃を構える猫。
恐らく空撃ちになるだろうが、猫がとても嬉しそうな表情をして居たので、そのまま様子を見る事にした。
『パシュン』
夜乃雫とは対照的な、控えめな発砲音。発射された弾丸が、的の中心を突き抜ける。
……何でだ? 弾は入って無かった筈なのだが。
「ああ……」
恍惚の表情をでボルトを引き、空の薬莢を排出する猫。
そして、それを無言で見つめる俺。
「この薬莢の排出音……最高です」
「おかしいな。弾は入って無かった筈なんですけど」
「この銃は一日毎に一発、弾が自動で形成されるのです」
「うん、常識で考えるのはもう諦めよう」
その言葉に笑いながら、猫が銃を返して来る。
「……良いんですか?」
「何がですか?」
「いや、憧れの銃って言ってたし、使えるのであれば、猫さんが使った方が良いと思ったので」
それを聞いた猫は、寂しそうな表情で首を横に振った。
「怪物は自ら持ち主を選びます。成章が狼さんを選んだ以上、私がこれを使う訳にはいきません」
「そうなんですか。それは残念です」
「ざん……ねん?」
次の瞬間、猫の表情が曇る。
「残念とは、どういう事ですか?」
「え? それは、銃を上手く使える猫さんの方が……」
「もしかして、憧れの銃を他人に奪われた私の事を、憐れんで居るのですか?」
「いや、そう言う事では無くて……」
全てを言い切る前に、猫が強い力で銃を押し返して来た。
「馬鹿にしないで下さい!」
銃から手を離して睨み付けて来る。
「私には私を選んでくれた銃があります! 憐れみで自分の銃を人に押し付けるなんて! 烏滸がましいにも程があります!」
「だから、それは違うって……」
「何だ? 何やら騒がしいな」
全ての理由を言う前に、兵子が俺達の前に現れてしまった。
「師匠、おはようございます」
「おはよう、猫」
「ししょう?」
「ああ、私は猫の師匠なんだ」
言った後、こちらを見てニヤリと微笑む。
「それよりも、出会っていきなり喧嘩をして居るとはな。一狼君は中々にトラブルメーカーの様だな」
「喧嘩をしているつもりは無いんですが……」
「喧嘩をしています!」
猫が言葉を被せてくる。
ここに住む人達は、本当に聞く耳を持たないなあ。
「ふむ、喧嘩して居る所で悪いのだが、今日は君達二人で姫山に入って貰おうと思って居るのだが」
「嫌です! 他の人に頼んで下さい!」
「それは無理だ。未来君は昨日狩った素材の加工。鷹子君は狩人強化合宿に行っている。昨日の時点で分かって居た事だろう?」
それを聞いた猫が、残念そうに唇を噛み締めた。
「何が理由で喧嘩してるのかは知らんが、霊山に入る時は、二人体制以上が絶対だ。ついでに仲直りして来い」
それを聞いて、1つの疑問が頭を過る。
「昨日未来は一人だった気がするんですが?」
「あれは未来が黒夜叉に襲われて、猫とはぐれたからだ」
「ああ……もの凄くありそう」
「そう言う事だから、各々しっかりと準備をするように」
それだけ言って、兵子が帰って行く。
取り残された俺は正直困ったが、恐る恐る猫の顔色を伺った。
「……準備が済んだら、姫山の入り口で」
不機嫌そうに言って立ち去る猫。
それを見届けた俺は、やれやれとため息を吐いた後、狩りの準備をする為に校舎へと向かった。
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