6話 一攫千金と楽しい夕食

 空が茜色に染まる夕刻。三人は無事に山を降り、一度解散する。

 俺は山に私服のジャージを取られてしまったので、お情けで貰った緑色の作業服に着替えて、再び集合する場所である山の麓へと足を運んだ。


(ふう……)


 やっと安堵のため息を吐き、ゆっくりと山を見る。

 この世の理から離れた霊山、姫山。

 ここに来た時は山頂に桜の木が見えたのに、今は雪に覆われて真っ白になっている。


「……凄いな」


 春の半ばに見る雪景色。

 風で舞った雪の粒がキラキラと輝き、幻想的な景色を俺に見せてくれる。

 そんな綺麗な景色を見られただけで、ここに来た甲斐はあった気がした。


「お待たせ!」


 後ろから声が聞こえる。

 振り向いた先に居たのは、私服に着替えてきた未来。


「……」


 その出で立ちは、何故か浴衣だった。


「うん? どうかした?」

「いや……」

「ははーん。さては私の美貌に見とれたんだね?」

「まあ、そうなんだけど……」


 その瞬間、未来の顔が真っ赤に染まる。

 白い布地に桜の花びらが舞う浴衣。髪は後ろに束ねていて、露出された首筋に、どうしても目を奪われてしまう。


「ち、茶化さないでよ! 恥ずかしいなあ!」

「いや、別に……」


 茶化しているつもりは無い。

 そう言おうとした時、未来の後ろから兵子が現れた。


「ふむ、お楽しみ中だったかな?」


 兵子の服装。

 獣皮のファーを外しただけの作業着。


「ギャップ……」

「ふむ、何か言いたい事があるようだな?」

「いえ特に」

「それより未来。その格好は寒くないか?」

「まあ、ちょっと寒いですかね」


 エヘヘと笑う未来。

 俺はゆっくりと立ち上がり、自分の上着を未来の肩に被せた。

 

「い、一狼!?」

「大丈夫。俺は健康だけが取り柄だから」

「……」


 未来が恥ずかしそうに頬を掻く。俺はそれに頷くと、改めて兵子の方を向いた。


「それで、これから何かあるんですか?」

「ふむ、まずは移動から始めようか」


 言われるままに、俺達は兵子の後ろを着いて行く。

 少し歩いて辿り着いたのは、校舎の横に併設してある謎の施設だった。


「入れ」


 言われるままに中へと入る。

 室内で最初に目についたのは、切断機などの工業機械。


「ここは狩人の道具を作る部屋だ。基本的には、ここで山を攻略する為の武器や防具を作る」


 さらに奥へと進む。

 ある程度進むと、今度は両開きの扉が現れた。


「壁に掛けてある帽子を被り、扉横にあるバットの水で靴を洗え」


 未来と一緒に言われた事を実行する。全て終わると、兵子が扉を開けて入って行ったので、それを追い掛けた。

 部屋の中に入ると、先程までとは違い、開けた空間が現れる。


「さて、ご対面だ」


 部屋の明かりを点ける兵子。

 すると、部屋の中央に、姫山で狩った黒夜叉が置いてあった。


「わあー!」


 未来が駆け足で黒夜叉に近付く。俺達もそれを追い掛けて、三人が黒夜叉の回りを囲んだ。


「兵子さん。もののけを狩ると、勝手にここに来るんですか?」

「馬鹿を言うな。山の麓から運んで来るに決まっているだろう」

「まさか、一人で運んだんですか!?」

「いや、専門の業者が運んでくれる」


 それを聞いて少し安心する。

 黒夜叉の体重は見た感じて80kg位。これを俺達だけで持ってくるのは、中々に困難だろう。


「さて、これから我々がやる事なのだが」


 兵子がこちらを見る。


「この黒夜叉を解体する」


 その一言で、俺の時間が一瞬止まった。


「……そちらの業者は居ないんですか?」

「居るには居るが、頼むと金が掛かる」

「それは駄目ですね」


 俺は貧乏性なので、出来る事は自分でやると決めていた。


「それと、これは一狼君が狩った獲物だから、君がこの獲物の内訳を決めなければならない」

「内訳?」

「そうだ」


 兵子が黒夜叉の頭を掴む。


「毛皮、肉、骨。この獲物を解体した後、それらをどうするかは、狩った者の自由なのだよ」

「マジすか」

「マジだ」


 それを聞いて、思わず笑みが溢れてしまう。


「でもこれ、毛皮とか結構なお値段するんじゃないですか?」

「そうだな。ざっと見で数十万と言う所か」

「数十!?」

「肉も含めると百万は越えるだろう」

「ひゃくまん!?」


 天文学的数字に、思わず倒れそうになる。


「ひ、百万て……何それ? 美味しいの?」

「一狼が壊れた!?」

「まあ、分からなくもない。普通ではあり得ない事だからな」


 兵子がふっと笑う。


「しかし、もののけの素材は、一般に出回り難く希少だ。当然のように、値段も跳ね上がると言う訳だ」

「最高ですね」

「当然、その分のリスクも存在するがな」


 それを聞いて、黒夜叉との戦いを思い出す。

 銃のおかげで運良く狩る事は出来たが、普通に戦っていたら勝ち目は無かっただろう。


「そう言う事で一狼君。こいつをどうする?」

「全売りで」

「一狼!?」


 俺の即答に未来が目を丸める。


「黒夜叉の素材はレアなんだよ!? 売るなんて勿体無いよ!」

「黙れ小娘。これは貧乏脱出のチャンスなのだよ」

「駄目! 絶対駄目!」


 未来が首をブンブンと振る。


「この黒夜叉をおびき寄せたのは私なんだから! 私にだって取り分がある筈だよね!」

「ぐむっ……」

「毛皮! 毛皮を貰います! それだけは譲れないから!」

「一番高い所じゃねえか!」

「関係無い! あと! 角も貰います!」

「強欲!?」


 流石にそれは無いだろうと、反論をしようとする。しかし、未来にはゲーム機を貰った恩もあったので、それ以上の事は言えなかった。


「……分かった。角と毛皮はやるよ」

「やったあ!」

「その代わり肉! 肉と骨は全て貰う!」


 そう断言して兵子に向く。


「兵子さん! この肉と骨は幾らで売れますか!」

「そうだな。30~40万と言った所か」

「さんじゅう……!?」


 普通の鹿ではあり得ない価格設定。レアなもののけと言うのは、伊達では無いと言う事か。

 この金を実家に送れば、母や妹の生活も楽になる筈……


(……)


 なのだが。


「肉の一番良い所だけを取って、後は売ります」

「それだと、売値が10万以上は減ってしまうが、良いのか?」

「はい、構いません」


 この黒夜叉は、俺が初めて狩ったもののけだ。自分なりにではあるが、けじめを付けるべきだろう。


「分かった。それでは、解体を始めよう」


 兵子が腕の袖を捲り、解体用のナイフを投げてくる。俺はそれを受け取ると、黒夜叉に一歩近付いた。


「え? 一狼? 解体出来るの?」

「近所の猟師を手伝っていたから、害獣の類いであれば大抵出来る」

「でも、もののけだよ?」

「もののけだけど、鹿と大体同じだろ?」

「そ、そうだけど……」


 苦笑いを見せる未来。


「もしかして、未来は解体苦手なのか?」

「べ、別に苦手な訳では……」

「未来君にやらせると、肉の旨い部分が潰れるから駄目だ」


 成程、苦手なのか。


「それじゃあ、未来は見学で」

「一狼!?」

「肉が潰れるのも嫌だけど、その着物を汚したくないからさ」


 そう言って、ニコリと微笑む。

 未来は複雑そうな表情を浮かべたが、やがて素直に頷き、邪魔にならない様に少し後ろに下がった。



 兵子と共に黒夜叉の解体を終えて、30分程が経っただろうか。

 解体された黒夜叉の部位は、それぞれの場所に運ばれて、今居る加工場には何も残っていない。

 俺は解体作業で疲れたので、汚れた手を洗った後、そのまま加工場で休んで居た。


「一狼。お疲れ様」


 自分の取り分を片付けた未来が戻って来る。その手には、紙コップを二つ持っていた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 紙コップの片方を受け取り、中身を伺う。

 ヌメリが感じられる緑色の液体。

 一般人が飲むには、少しだけ勇気が必要そうだ。


(しかし飲む!)


 グイッと一発!


「うん! 不味い!!」

「だよねえ。でも、姫山で取れる薬草を煎じたものだから、体の疲れが凄く取れるんだ」


 言われてみれば、先程まで重かった肩が妙に軽い。速効性があるのは良い事だが、ここまで早いと逆に不安になった。


「それで? 未来は毛皮と角を、どうするつもりなんだ?」

「へへ、それは秘密です」


 嬉しそうな表情を見せる未来。

 正直、金銭的には痛手だったが、未来の元気な笑顔を見れたので、それで良しとする事にしよう。

 

「一狼は残したお肉をどうするの?」

「ああ、それは……」


 話の途中で加工場の扉が開き、兵子が現れる。


「一狼君、準備が出来たぞ」


 兵子の言葉を聞き、俺はお茶を一気飲みして立ち上がった。


「何の準備が出来たの?」

「それは行ってのお楽しみだ」


 俺は外へと歩き出す。未来は首を傾げていたが、直ぐに自分のお茶を飲み干し、後ろを付いてきた。

 外に出ると既に辺りは暗く、校舎と加工場を照らす外灯だけが、周囲を明るく照らしている。

 俺達はその合間を抜けて、目的地である校庭へと足を進めた。


「わあ!」


 最初に声を上げたのは、未来。それに続いて、俺もゴクリと喉を鳴らす。


「一狼君に言われた通りに準備した。中々の物だろう?」


 兵子が満足そうに微笑む。

 校庭の真ん中には、キャンプファイヤーとバーベキューの準備が整っていた。


「お肉は食べるつもりだったの?」

「初めて狩ったもののけだからな。だけど……」


 食材の並ぶ机の上には、黒夜叉以外の肉や野菜も置いてある。


「これらは、私からの差し入れだ。一狼君の歓迎会に、肉だけでは寂しいからな」

「ほろ酔い茸の燻製!」


 未来が急に叫ぶ。


「白雪草に氷野果実! 烈火モロコシまで!?」

「高級品なのか?」

「高級だよ! 一般市場で揃えたら何十万もするんだから!」

「なんじゅう……!?」


 目の前に並ぶ高級食材を見て、目がチカチカして来た。


「……あ、駄目だ。俺は食べられない」

「一狼!?」

「もうこれは野菜じゃない。お札の束にしか見えない」

「気をしっかり持って!」


 未来が俺の肩を揺らしているが、俺の意識は既に空の彼方に飛んで居た。


「まあ、細かい金額など気にするな」

「はい、無理です」

「弔いなのだろう?」


 それを言われてハッとする。

 俺がわざわざ黒夜叉の肉を残した理由は、自分で狩った物を自分で食べる為だった。


(……うん)


 大きく息を吐き、改めて食材達を見る。

 食べよう。

 今日は初めて登った霊山の恩恵を、最大に楽しむ事にしよう。


「それでは、始めるか」


 兵子の号令で、三人が机の上にあったカップを手に取る。


「我ら三人、生まれし日、時は違えども……」

「先生! それは違う話のやつです!!」

「む、間違えた。では、改めて……」


 笑みを交わし、カップを空に掲げる。


「一狼君の仲間入りに……乾杯!」

「かんぱーい!!」


 闇にカチンと響くカップ音。

 肉を焼き始める兵子。

 容赦無く食事を貪る未来。

 それらを笑いながら見ている俺。



 それは、古びた一本の銃を拾った事から始まった。

 俺は流されるようにここに辿り着き、これからは命懸けで、異界の生物である「もののけ」を狩る事になる。

 一攫千金のローグライク。

 どんな困難が訪れるかはまだ分からないが、母や妹の生活を楽にする為に、精一杯頑張る事にしよう。

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