第29話 もさもさ揺れる髪

「そのとおりだよ。マイフェアリー」

 千晴をアイドルにと企む林田は、親愛を込めて投げキッスをする。しかし、千晴からは殺人光線かと疑うほど凍てついた視線を返されるだけだった。

「あれだ。雷もだ」

 そんな空気を完全に無視して、迅は仲のいい楓翔を見て思い出していた。楓翔は地質学を調べている関係で気象にも詳しいのだ。

「素晴らしい。雷のストリーマーが稲妻だね。この辺にしておこう」

 まだ莉音が答えていないというのに、林田はそこでストップした。しかも雷の説明が雑だ。まあ、雷の発生のメカニズムはウィキペディアで検索しろということだろう。いや、その前に太陽電池の説明も完全に飛ばしている。桜太としては心残りだった。

 それに莉音は答えられなくて良かったのだろうか。桜太はそっと一番後ろの席にいる莉音を見た。しかし莉音は悔しがるどころか、菜々絵から貰ったボールペンを眺めて自分の世界に入っていた。何を妄想しているのかと桜太は怖くなる。しかも呼び出すという行動に出たわりに、莉音は林田とあまり関わりたくないという雰囲気を醸し出していた。

「さて、色々な場所でお馴染みのプラズマということが理解できたところで、肝心の光源利用について考えてみよう」

 林田はもう普通の状態に戻った。しかしノリノリ状態の影響は髪に残っている。もさもさがさらにひどくなっていた。もう莉音を除く全員が吹き出す一歩手前である。誰かがツボにはまって笑い出したら最後、教室中が笑いに包まれる。

「それじゃあ、中沢君。ざっくり蛍光灯の仕組みを解説してくれ」

 そんな笑われている林田は、あろうことか笑いもせず無視している莉音を指名した。莉音は妄想を邪魔されてむっとしたが立ち上がる。

「蛍光灯にはアルゴンガスと少量の水銀が封入されています。発光するのは水銀で、アルゴンガスは放電が起こりやすくするために入れられているものです。蛍光灯が光る原理としては、コイル状の電極から放電された電子が水銀蒸気に署映して紫外線を発します。しかしこのままでは人間には光として感知できません。その紫外線を蛍光体に当てることで可視光としています」

 すらすらと答えた莉音は終わるとすぐに着席した。ちなみに莉音は林田の話を完全に無視していたわけではない。ノートも林田が踊りながら言っていた補足まで書いているという完璧さだった。やはり科学部は変人の吹き溜まりでも、根は真面目なのだ。

「さすがは中沢莉音。隙の無い完璧な説明。これを聴かずして科学部に帰ってきた意味はない」

 林田は何故かご満悦だった。その表情に二年生たちはホモなのかと疑問を抱いた。そもそもオープンキャンパスにやって来た莉音に、自分の連絡先を教えていたのだ。気があると思っても自然だ。林田がアイドルオタクでなければ決定なのだが、どうやら女性に興味があるようなので何とも言い難い微妙な問題になってくる。

「さあ。問題はここからだ。今の説明からして、単にプラズマを発生させても光らないのが明確になる。では化学教室で目撃されたという光とプラズマを結びつけるにはどうしたらいいだろうか?」

 もさもさと天然パーマを揺らしながらも林田は真っ当な提起をする。まさにそのとおりで、学園七不思議の一つとして仕立てたこの謎をプラズマで解くにはクリアしなければならない問題だ。

「ううん。自然に発生している雷とかオーロラがヒントになりそうだけど」

 そう言うのは気象に強い楓翔だ。光とプラズマを結びつけるにはこれしかないだろう。

「そうだね。考える手がかりとして悪くない。この教室でそういった気象現象が起こる状況と似たような状況になっていた。それならばプラズマがあって何かが光るという説明になる。では、石橋君。そういう気象現象が起こる状況についての説明をしてくれ」

 林田はさっそく楓翔に説明を求めた。

「解りました。まず自然界で観測されるオーロラですが、これは太陽の影響によるものです。太陽風という太陽からのプラズマの風によりプラズマが地球表面に届くようになり、大気の分子にプラズマが衝突して光ります。一方の雷は雲が帯電することで起こります。雷の発生にはいくつかの説がありはっきりしませんあ、さっき出てきたストリーマーというのが稲妻の正体です。このストリーマーは雲から発生して地面に落ちる時は負の電荷を持っています。しかし地表には正の電荷が溜まっている。これに負のストリーマーが当たると正のストリーマーが誘起され雲まで駆け上がります。これが落雷として見られる火花放電現象です。つまり落雷という名前に反して電気は上に向かって走っています」

 楓翔が生き生きと解説した。まさかのウィキペディアを引く手間が省ける事態だ。ひょっとしてウィキペディアより科学部に訊くほうが確かなのではないか、と桜太は疑ってしまう。

「つまり、大気中にプラズマないし電荷を帯びた状態が必要というわけだな。では、これが化学教室の中で可能だろうか。これが実験の主要テーマとなる!」

 林田がびしっと人差し指を突き出して決めポーズを取った。しかし天然パーマがもさもさと揺れるので締まらない。しかしこれほどあっさりと主要テーマ明確になったことはないので、科学部のメンバーは拍手を送った。

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