第28話 ノリノリ・プラズマ講座
林田が背負っていたリュックサックから取り出したのは、オタ踊り用のペンライトではなく白衣だった。それはもう無理やり突っ込んでいたというのが解るほど皺が寄っていたが、どんな白衣であれ羽織ると途端に科学者らしくなるものである。あのオタクっぽいファッションも理系ならあり得るか、という範囲に収まってしまうから不思議だ。
「さて、科学部諸氏。君たちにとっては常識かもしれないが、ここはプラズマとは何かという部分から考察しよう」
そう言って黒板の前に立った林田はもう完全に高校の先生ではなく大学の講師だ。しかし話す度に天然パーマがもさもさと動くので締まりがない。その特典のせいで誰もが笑いを堪える羽目になった。
「プラズマの基本からですか」
笑いを堪えつつも、桜太は本格的に始まった科学部らしいことに胸を躍らせていた。それにプラズマは科学部のメンバーには色々と馴染みのあるものだ。しかし、何か新しい知識が得られるのではと全員がノートを用意している。そこは真面目さが出てしまうところだ。
「そうだ。何事も基本をおろそかにしてはならない。というわけで、プラズマ状態というのはどういうものかな?上条君」
林田がいきなり桜太を当てる。しかもお前は知っていて当然という態度だ。
「はい。プラズマ状態とは荷電粒子が結合せずに分離して自由に動き回っている状態です。全体としてはプラスとマイナスが同数となっていて中性になっています」
桜太が立ち上がってすらすらと答えると、林田が天然パーマをもさもさと揺らしながら頷く。
「そのとおり。さて、問題はこのプラズマの利用法だな。今や色々な物に使われている。どういった物が例として挙げられるかな?」
林田はチョークを持つと、どんどん答えを言えと手招きをした。しかも身体を揺すってノリノリである。ちょっと英語の先生っぽいそのノリはどういう意味があるのだろうか。
「身近といえば、今から検証する蛍光灯だろ」
真っ先に簡単な答えを言ってしまうのは亜塔だ。前部長としてそれでいいのかと突っ込みたくなる桜太だが、亜塔は生物系だ。ここは物理系が頑張るしかない。
「そうだな。プラズマの光源利用だ」
ノリノリの林田は黒板に蛍光灯と記すとさらに答えをと手招きをする。何だか英語の先生というよりラッパーみたいだ。
「光の繋がりで言うとレーザーかな」
早めに答えたほうが楽だと悟った楓翔が言う。後になればなるほど何かあったかと考えなくてはいけない。
「そうだ。これは量子力学の発展によって出来た技術の一つでもあるな」
林田は黒板にレーザーと書きつつしっかり補足説明を入れていく。しかし踊りながら書いているせいで天然パーマがもさもさと激しく揺れ続ける。これには科学部員は笑いを堪えるのにも集中力を使う羽目になった。
「物理分野で活躍しているものとすれば、加速器だな」
桜太は量子力学という単語から閃いた。素粒子などを検証する際に用いられるのが加速器と呼ばれる大型の機械なのだ。
「先に言われた」
後の席にいた優我が悔しそうに机を叩く。量子力学といえば俺だとのアピールだ。素粒子物理において量子力学の知識は必須だから悔しさが滲み出る。
そんなことで本気で悔しがるなよとは誰も言わない。自分の好きなことには全力でがモットーの科学部からすれば、同情に値することだ。
「イエス。加速器にも用いられているし、次世代型はプラズマそのものを利用してという考えもある。今のものは電磁気力を加えたものだな。他にもっと身近な例があるだろ?」
林田はノリノリのダンスを止めないものの、ずれてくる前に話を修正した。そこは元顧問である。変人を操るのはお手の物だった。
「あっ、テレビを忘れてる」
身近というフレーズから芳樹が思い出した。ここで真っ先にテレビが思い浮かばない辺りに科学部の日常が垣間見える。毎日見ているはずの薄型テレビも置物と変わらない扱いなのだ。
「ザッツライト。プラズマテレビというのは名称からして使われていることがすぐに解る。しかし液晶テレビにもプラズマを用いた技術は不可欠だ。薄型の実現に大きな役割を担っている」
やはりあのノリには誰かモデルがいて、しかも英語の先生なのか。返事に英語を取り入れているのが妙に気になってしまう。まあ、モデルがいたとしても理系科目でないのは確かだ。あんなノリノリで数式を解いていたらどこかで間違える。
「あれもだろ?空気清浄機」
身近で必死に思い出したのは優我だ。何も答えないで終わるのは科学部としてプライドが許さない。
「オフコース。コロナ放電によって作られた電子が空気中に漂うごみを集めているんだね」
ノリノリ林田はまたしてもすぐに補足する。その知識の確かさに桜太は見直していた。どうやら最凶最悪の変人というだけではないらしい。これなら実験の監督をしてもらっても安心だった。それに林田の戦力は素晴らしい。
芳樹の評価だと化学の先生としては優秀というものだったが、物理分野も得意そうである。母の菜々絵と面識があるのも頷けた。
しかし現在は無音の黒板の前でもさもさの天然パーマを振り乱している変人なのだ。この事実をうっかり忘れると痛い目を見るだろう。遠目から見たらドラッグでもやっているのかと疑われること請け合いである。
「解った。太陽電池だ」
そう声を上げたのは千晴だ。何かないかと必死に探している間にどんどん答えを言われて焦っていたのである。出てきてすっきりとした。
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