第27話 ここは宇宙空間と変わらない

「もういいですか?先生」

 見ていた莉音が飛び跳ねる林田に冷たい視線を送る。

「ああ。ごめんごめん。何やら楽しい実験を計画しているんだったな。何をするんだい?」

 林田は内股になりつつ桜太を見た。変人でもそこが急所であるのは変わらないのだ。

「いや、実験を計画しているのではないんですよ。一昨年の実験中に起きたという謎の光の原因が知りたいんです。どうして実験中に光が起きたか解りませんか?」

 桜太は僅かに林田から離れつつ訊く。また抱き付かれたら股間以外を狙わないとなと密かに計画する。

「一昨年の実験中?あれは俺の人生の中で最高にクレイジーかつ知的刺激に満ちた実験の数々があったな。言ってみれば実験の狂想曲。知の集大成だ。そんな時に光っていたとは、面白い実験を逃したものだ」

 林田の言い分はまったく役に立たないと明言しているようなものだ。そもそも最高にクレイジーとはどういう意味なのか。亜塔が指摘したように実験をしていたのはマッドサイエンティスト集団か。

「あの。どういう実験か全く思い出せないんで、先生に来てもらったんですけど」

 呼び出した莉音は引きつつ言った。まさか監督していた林田が覚えていないとはどういうことか。しかも無駄なハイテンションのせいで時間をすでにロスしている。

「ううん。ここは推理しよう。光の色は覚えてないの?」

 ここで初めて林田が真っ当なことを言った。自然と内股も治る。

「色、ですか?」

 いきなりの質問に目撃者の芳樹と莉音は首を捻った。たしかに光は目撃しているが、色まで覚えていない。

「発光現象を色から特定するっていうのは、いいアイデアだと思ったんだけどな。色に特徴があるものって多いだろ?それこそ炎色反応が起こって何かが燃えていた可能性も出てくる。しかし印象にないということは、炎色反応のようなものではないな。その光はフラッシュのようなものだったのか?一瞬だけ光った?」

 林田がどんどん推理する要素を集め始める。これはこれで即戦力だ。誰も覚えていない実験を思い出そうとするよりかは生産的である。

「一瞬でしたね。あの時は何かが光ったぞって程度の驚きでしたし。誰もその光を特定しようとはしていませんでしたね」

 芳樹が当時の状況を思い浮かべた。誰もが寝不足でどういう実験をしているのかもう解らない極限状態だったのだ。そんな中で謎の発光が起ころうと誰も取り合わない。

「ううん。すると放電か化学物質が一瞬で発火して終わるものだったかかな。電気も化学物質もどちらも扱っていたしね」

 林田の推理で少し方向性が絞られた。これで何とか謎を解決するという体裁は保てる。

「放電ですか。すると放電管の可能性も?」

 優我が桜太の背中に隠れながら質問する。それは絶対に抱きしめるなというアピールなのだ。

「そうだな。プラズマに関して調べていたから放電管もあったよ。蛍光灯もあったけど、体育館からかっぱらってきた高圧水銀ランプもあったぞ」

 林田は隠れる優我を残念そうに見つつ答えた。そんなに男子たちには抱きしめてのスキンシップをしたいとはどういう性癖だ。もうアイドルだけを追い掛けていてもらいたい。

 しかも体育館から高圧水銀ランプをかっぱらっていいのだろうか。そもそも高い天井に設置されているランプをどうやって外したのか。それを実験に使うとは大掛かりもいいところだ。まったくツッコミどころがなくならない。

「一瞬で燃える化学物質なんて扱っていたんですか?」

 千晴が冷ややかな目で林田を見つつ訊いた。もう近寄ってくるなとその目が訴えている。

「そうだな。俺が丁度王水を調合していたから、硝酸もあったし。色々と揃っていたよ」

 胸を張って答える林田だが、全員が頭痛に見舞われた。この男は完全に化学教室を私物化していたのだ。大体にして高校で王水が必要になるはずない。王水とは金を融解することが可能な溶液だ。

「もうプラズマに絞りましょう。下手に化学物質を扱って化学教室を爆破しては意味がありません」

 桜太は部長としてきっぱりと言った。このままでは新入生獲得前に廃部になってしまう。それにプラズマの実験を新入生の前でやってみるのも手かなと思える。

「そうだな。それで光を発生させてみよう。ちゃんと俺が監督するから任せておけ。松崎先生にも実験の許可は取っておくよ」

 胸を叩く林田だが、その林田が監督するという部分が一番の不安要素だ。しかも完全に怪談から逸れている。

「もういいよな。結果として新入生が来れば。ここは宇宙空間と変わらないんだ。気づいたら加速膨張しているんだよ、きっと」

 桜太がぶつぶつと実験の正当化を始める。これには科学部員たちも黙って頷く以外に何も出来なかった。

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