第12話 我々は計算が命です(涙)

 亜塔が真ん中の白髪という人物は、この絵の中のキーマンであることは間違いない。ポイント探しから離脱した六人がじっと見つめてみると、この人物は顔は右を向いているのに視線は左を向いているのだ。だから頂点となる位置が左へとずれてしまう。

「きれいな正三角形ではなかったか。なるほど、不思議に思うはずだ」

 莉音が勝手に納得してしまう。おそらく情報提供者の穂波は三角形など考えていない。しかし全員が三角形を思い浮かべていたので突っ込みはゼロだった。

「目が合ったぞ」

 亜塔が手を挙げた。本来ならばここで検証終了のはずだ。しかし科学部のメンバーにすれば、このいびつな三角形が気になって仕方がない。

「辺の長さを出したいんで、そこに立っていてください」

 あまり亜塔に引っ掻き回されたくない桜太が指示した。すると亜塔はそんな意図に気づくことなく大人しく待機する。

「まずは底辺を出さないとな。しかし一枚当たりの絵の長さは必要ないのか。ちなみに20センチだけど」

 いつの間にかメジャーを手に絵の幅を測っていた楓翔が呟く。もう亜塔を捨ててくるとはさすがだ。

「じゃあ、目の位置から測定しよう。こっちを押さえるから千晴、向こうを頼む」

 楓翔がメジャーをくれた千晴を指名する。測りたいだろうとの気遣いだが、千晴にすればいい迷惑であった。しかし文句は言わずに手伝う。

「93」

 しっかり測った千晴がメモリを読み上げた。

「このままの状態で三角形を測るのもあれだ。亜塔との距離を出して直角三角形にして斜辺を出そう」

 絵が貼られている掲示板の横にあった黒板に数値を書き留めていた莉音が思いつく。

「そうだな。三平方の定理を使おう」

 芳樹が頷いたので、楓翔は早速亜塔の横に行く。千晴はその直線上に当たる位置に移動した。

「62」

 千晴が読み上げる。やっと科学部らしいと思えて満足だった。

「おっ」

 すると迅が閃く。数字となれば彼が早いのだ。

「何か解ったか?」

 横にいた桜太が訊ねる。

「これ、直角二等辺三角形でいけるよ。大倉先輩と掲示板の距離が62。そして千晴と左端の目の位置はどうやら底辺の3分の2の位置らしい。するとこちらも62だ。すると斜辺を求めるのは簡単で、62×√2を計算すればいい。すると結果は87.6となるわけだ」

 すらすら計算を披露する迅に、残っていた吹奏楽部からおおっと感嘆の声が漏れる。数学が役に立つ瞬間を目撃したからだ。文系からすれば今まで散々役に立たないと思っていただけに、利用している人がいること自体が奇跡だろう。

「すると、残った方も直角三角形だから、底辺が31で高さが62。これを三平方の定理に当てはめると、31の二乗×62の二乗か。うっ、4805。これは整数では出ないな」

 残りの計算を始めた桜太は唸りつつも4805をどうにか二乗される前に戻そうとする。

「適当でいいよ」

 莉音がそっとアドバイスする。電卓なしに厳しいだろう。

「じゃあ、大体69.5ってとこですかね」

 桜太は何とか当たりを付けた。

「これだけいびつだと、確かに目が合う確率は低いだろうな。そうすると、合った瞬間が怖くなるわけだ」

 まとめた芳樹の言葉に、科学部のメンバーはうんうんと頷く。これでいいのかとの突っ込みなしだ。

「いやあ。まさか数学で出すとは思わなかったな」

 ここで見守っていた見延が感想を言った。そして全員の肩を叩いて労う。

「えっ?数学以外に方法ってありましたっけ?」

 桜太が不思議そうに訊いた。頭から三角形の問題としか思っていなかったので意外だ。

「えっ。だって、全部と目線が合う場所を知りたかったんだろ?そうすると、目のところに画鋲で紐でも固定して交わる場所を探すのかなって。肖像画が破れたらどうしようかと心配してたんだが、杞憂だったね」

 あっさりと簡単な検証方法を言う見延に悪気はない。今も優しい笑顔を浮かべているだけだ。

「――我々は計算が命です」

 桜太は思いつかなかったと言えるわけもなく、そんな虚勢を張るしかない。たしかに交わる点さえ解れば自慢できる内容なのだ。何も三角形を作り出す必要はない。

「そうだよな。いやあ、さすがは理系の中の理系。科学部は違うねえ」

 見延は嬉しそうにそんな言葉までくれる。メンバーは小さな敗北感を味わっていたのだが、なるほど理系らしい手段だったかと納得した。たしかに点だけ教えるならば吹奏楽部にも可能だ。

「おおい。動いていいか?しかし、あの白髪のおっさん誰だよ。あいつが変な方向を見ているから謎だとか思われるんだ」

 最後の最後で亜塔が総てを台無しにすることをぼやいていたが、科学部のメンバーは聴こえない振りを決め込むのだった。

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