第9話 タモリじゃなくて福山を目指せ
「農業用水の可能性はないしな。いくら森の向こう側が田んぼとはいえ、道路があったりと離れすぎている。学校の水道に使っているわけないしな」
その亜塔はちゃっかり地形図を覗き込みながら考察に加わる。亜塔は頭の中に周辺の状況を思い浮かべた。
この辺りは新興住宅地で田んぼと都会が隣り合わせになっているのだ。この学校は境目に建っているようなもので、森を抜けた向こう側は田んぼで反対側のグラウンドがある側は都会そのものだ。だから芳樹がアマガエルを持ったままファストフード店に現れるという現象が起こる。
「そうですね。この辺りの水道水は地下水を利用したものではないですし、謎ですね」
普段は敬遠しているものの亜塔が話に加わってくれて楽しい楓翔は、この状況を堪能していた。たしかに部活をしているという感じがする。
「あっ、あれじゃないか」
先頭を黙々と歩いていた桜太が大声を上げる。
「おっ」
「確かに井戸っぽい」
遅れていた迅と優我も井戸を見つけて声を上げる。
目の前に現れたのはコンクリート製の円筒で、大きさは直径1メートルほど。高さは50センチといったところだ。上にはトタンで蓋がしてあり、重石が置かれていた。
「なっ、あっただろ」
発見者である亜塔は胸を張った。今まで誰にも信じてもらえなかったので喜びもひとしおなのだ。
「あっ。これ、ひょっとして荷物置きにしていたヤツか。暗いから気づかなかったな」
夜にここに侵入していた莉音がそんなことを言い出す。これでは今まで無視されていた亜塔が報われない。
しかも気づかなかったとは驚きだ。どうやって夜の森を進んでいたのだろう。やはり科学部に属しているだけのことはある。目的の天体観測以外は眼中になかったのだ。
「それはともかく、どうして井戸があるかを解明しましょう」
楓翔は早速井戸を触りながら言う。ひんやりとしたコンクリートの感触にテンションは密かに上がっていた。夏場にこれだけ冷たいとなると森だけのせいとは思い難いからだ。
「そうだな。我が校の最大の謎になるぞ」
莉音に文句を言いたかった亜塔だが気持ちを切り替える。今は自らの好奇心を満たすのが先だ。
「しかしこれ、新入生は興味を持ちますか?」
千晴は遠慮のない突っ込みを入れることにした。調査が本格化してからでは手遅れである。
新入生をゲットするために始めたはずの七不思議調査が、ただの地質調査になろうとしているのだ。危機感を持って当然である。これでは若者は興味を持たないだろう。何より今や国営放送の某番組を真似していてドラマのほうは忘れられている。
「ううん。そうか。若人受けしなくてはならないんだった。何か興味を引くような井戸にまつわる話はないだろうか」
桜太がようやく最初の目的を思い出した。ただ謎を解明して終わりではないのである。怪異現象であるというのは重要な要素だったのだ。
「ないって。今まで俺がどれだけ井戸の存在を信じてもらえなかったと思っている。井戸にまつわる話なんて断じてない」
亜塔が状況を絶望的な方向へと追いやってしまう。それに井戸があることが不思議で何が悪いとも思っているのだ。
「これ、井戸というより雨水を溜めておくものですかね」
勝手にトタンを捲っていた楓翔がそんな感想を漏らす。どうやら下に掘ってはいるものの水源に当たっていないらしい。冷たかったのは中に湿気が溜まっていたせいだった。
「ええっ。ただの貯水タンク?」
もはや井戸ですらない。その事実に全員が井戸を覗き込んだ。するとたしかに水はちょろっとしか入っていない。
「しかし目的は不明ですね。どうしてこんな場所に貯水タンクを設置しようと思ったのか。水はけが悪いんだろうか」
楓翔は周りががっくりしていることにも気づかずにまだ調査している。今度はコンクリートの傍の土を撫で始めた。
「皆の衆。戻って作戦会議だ。ただ謎を調べるだけでは意味がない」
今更の事実を桜太が重々しく言うのだった。
未練たらたらの楓翔を引っ張って化学教室に戻ってきた八人は、黒板に書き出された七不思議を睨みつけていた。
「この中で階段として成立しているのはトイレのすすり泣きだろうと思われる。それとまあ、怖いという理由がついているのは音楽室の肖像画かな。聞いただけでもどうしてか解りそうな感じだが。その他について意見を求めたい」
司会進行役となった桜太が教壇から他のメンバーに問いかける。
「学園長の像は噂を集めれば何とかなりそうだぞ。動かない物が動くと主張されているんだからな」
いつの間にか二匹のカエルを捕獲していた芳樹が、小さな水槽を愛おしそうに見つめながら指摘する。こういう状態でも参加しているのだ。態度に関して指摘するのは科学部である以上諦める事項だった。
「図書室の本や化学教室の光っていうのは謎として面白そうだぞ。こういう何気ない謎もちゃんと根拠を示されると感心できるものだ」
そう意見を述べるのは言い出しっぺの優我だ。再放送とはいえドラマを見ただけのことはある意見だ。
「そうだな。まずはこの五つから取り組むべきだろう。ある程度のサンプルは必要だ。そこから統計を取って改めて七不思議を構成すればいい」
大真面目な意見を言うのは莉音だ。さすがは日ごろ物理の問題に取り組んでいるだけのことはある言い分だった。莉音の興味は惑星でも内部構造。それは物理分野の知識が必要なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます