第8話 井戸調査へGO
「どっちもどっちだな」
遅れてやって来た芳樹と莉音は呆れ返った。どうにも部長になる奴は何かがずれている。
「何を言うか。野心の足りない奴め」
ふんと亜塔は鼻を鳴らした。しかし周りは冷たい目を向ける。元をただせばこの変な活動が始まったのは誰のせいだと言うのだろう。
「まあまあ。ともかく七不思議解明。これをしないと次も何もないぞ」
妙な空気になってしまったので、仕方なく芳樹が割って入った。忘れられているが芳樹は科学部の前副部長なのだ。しかし正確には忘れているというより亜塔の被害の生贄と認知されている。
「そうですよ。まずは来年の新入生に入ってもらわないと。それに今日は井戸の下見だけですよ。ヘルメットは取ってください」
桜太は目立って仕方ないヘルメットを指差した。
「何だ。今日は下見だけか」
ともかく調査できると解った亜塔はあっさりと納得してヘルメットを取る。まったく、やる気がおかしいのだ。
「それに中に入って調査するかどうか決めないといけません。どういう形のものだったか覚えてますか?」
同士を得て喜ぶ楓翔が訊いた。
「どういうって、井戸は井戸だろ?」
何か違いがあるのかと亜塔は不思議そうに楓翔を見た。ちなみにこういうやり取りは珍しい光景ではない。
「諦めろ。自分の目で見て判断すればいい」
すでにこういう事態を何度も経験している莉音が止めに入った。専門的な知識が時に邪魔するいい例だ。自分では当たり前のことも他の人には伝わらない。
「そういえば、百葉箱ってどこにあったっけ?」
ようやく弁当を食べ終えて参戦するのは優我だ。しかも質問が基本的なことである。
「北館の奥だよ。そんなところに置いておいても誰も活用しないって場所にある。用事がなければまず行かないな」
行ったことのある亜塔がそんなことを言い出す。ではお前はどうして行ったんだと全員が疑問に思ったのは確実だ。
「北館の奥って森っぽくなっていて薄暗いですよね」
千晴が怖がる素振りを見せた。もちろん片思い中の莉音へのアピールだ。
「星の観察には最適な場所だ。よく世話になっている」
しかし莉音は見当違いな意見を述べた。しかもこちらは用事があってよく出かけているうえに夜間に無断で学校に入っているのは間違いなかった。
「それじゃあ中沢先輩も井戸を見たことがあるんですか?」
楓翔が質問の矛先を莉音に変えた。井戸に興味のある人数を増やしたいのだ。
「いや。亜塔から聞くまで知らなかった。どうやら小さいものみたいだな。でも北館の湿度や木々が多いことなどを考慮すれば井戸くらいあっても不思議ではない」
まさかの不思議要素の否定をする莉音だ。さすがは科学部。視点が何かずれている。
「あのさ。話し合っていると行かなくなりそうだし、そろそろ行こうよ」
生贄、ではなく前副部長の芳樹が場を執成す。
「そうだ。何はともあれ俺は中を探検したい」
息を吹き返した亜塔が叫ぶ。
「安全確認が先ですよ。問題を起こしたらそれこそ廃部決定ですからね」
やはり冷たい桜太の突っ込みが容赦なく入るのだった。
一悶着あったものの、科学部八人はぞろぞろと井戸を目指して歩き出した。しかしどうにもまとまりがない。先頭を歩くのはなぜか亜塔ではなく桜太だし、迅と優我はのんびりと集団を離れた後ろを歩いている。そして、千晴の目の前には妙な動きをする気になる人物がいる。
「あの、奈良井先輩。何してるんですか?」
気になってはダメだと思いつつも我慢の限界だった千晴は訊いた。芳樹は中腰のまま歩を進めていたのだ。しかもいつの間にか手には空の小さな水槽を手にしている。
「何って、カエル探しだよ。井戸があるってことは水があるってことだろ?この辺りのカエルはどういう種類がいるのか確認したい」
中腰のまま芳樹は喜々として答える。彼の目にはもう井戸はなく、カエルしか映っていない。しかも捕まえたくてうずうずしているのだ。
「――そうですか」
予想どおりの答えに千晴はもう何も言えなかった。止めてくれと頼んだところで馬耳東風なので諦めるしかない。科学部のメンバーは調べごとをしている時に邪魔されるのを何よりも嫌う。たとえ先生であっても恨みは一日中消えないほどだ。
歩いているところは千晴が森っぽいと表現しただけあって木が多く、さらに雑草が生い茂っている。その森の手前にぽつんと白色の塗装が剥げた百葉箱があるのだから、これだけでも十分不気味だった。
しかし科学信奉者の彼らにそんな不気味さが通じるはずもなく、百葉箱はただの風化現象で朽ちただけと判断されてしまうのだった。怪談話が盛り上がる要素は何もない。これでは本当に井戸の調査だ。
「井戸を作るなら、どうしてこの辺りを整備しなかったんでしょうね?木が伐採された様子もないですし。それとも井戸に続く道だけは整備していたものの、使われなくなって解らなくなっただけでしょうか?」
大真面目に考察する楓翔の手には地形図が握られている。密かに某番組の真似をしているのだ。亜塔のように露骨な真似はしない。
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