第7話 井戸に興味を持て!

「で、こっちから協力を申し出るってのはおかしくないか?」

 落ち着いたところで莉音が突っ込みを入れる。

「いや、あいつらの動向を窺っていたが、俺たちに救援を求める気は満々だった。これはもう気を利かせてこちらから協力すると言っておくべきだろう。皆の衆、そういうわけで明日から頼む」

 亜塔は二人に頭を下げた。

「まあ、いい暇潰しと思うか」

 二人は顔を見合わせると、口では変なことを言いつつも後輩思いの亜塔に協力することにした。






 夏休み二日前。この日はもう午後の授業は無く、部活をするには打ってつけだった。そこで科学部のメンバーは化学教室に集合してまず昼ご飯を食べることとした。何をするにしても腹ごしらえは必要というわけである。

「昨日の夜、大倉先輩から謎のメールが届いた。どうやらこちらから申し入れるまでもなく三年生を連れてきてくれるらしい。昼過ぎに来るとのことだ」

 もぐもぐとコロッケを食べながら桜太は報告する。

「謎?今の話のどこに謎があるんだ?」

 生真面目にも迅が突っ込みを入れる。今の話だと普通のメールが来たとしか思えないからだ。

「それがさ、何か長い文章だったんだよね。我ら三年が参戦すれば科学部も特異点になれるとかなんとか」

 桜太はせっせと二個目のコロッケを口に入れながら要約する。おかげで亜塔が書いたメールの五分の一も伝わっていない。情熱は無意味となっていた。

「特異点?無限大にしてどうするんだ?それは山のように変人を集めることが可能ということか?それともこのまま消えてしまうという意味か?解らないな」

 特異点と聞いて食いつくのは優我だ。物理において特異点は大問題となるので仕方ない。

「そうだよな。ブラックホールでも作る気だろうか?」

 同じく物理分野であるブラックホール好きの桜太も首を傾げた。ブラックホールの先にあるのは特異点なのだ。

「あのさ。特異点で盛り上がらないでよ」

 冷静に千晴が軌道修正する。

「まあ、三年が参加してくれるとなると助かるよな。俺たちってまとまって何かしたことはなかったし。それに前と同じように八人でできるんだしさ」

 桜太は続いて唐揚げに取り掛かった。どうにも母は男子高校生の昼は揚げ物さえあればいいと思っているらしい。弁当がいつも揚げ物の茶色とご飯の白色の二色だった。せめてキャベツは入れて欲しいところだ。とんかつ屋ですらキャベツはある。

「引退とか要らなかったんじゃないか?運動部のように何か責任のあることもなかったわけだし」

 それが問題となっているというのに呑気な意見を言う迅である。その迅はサンドイッチを食べていた。しかもお手製という桜太からすると羨ましい代物だ。

「まあさ。一応あの人たちも受験生だし。部活をずっとしているのは外聞が悪いんだよ」

 世間体を持ち出すという離れ業に出るのは楓翔だ。楓翔は一般的な弁当を食べている。

「もう、手伝ってくれるって言ってるんだから、使えるだけ使っちゃえばいいのよ。あの三人が成績で悩むほど馬鹿なはずないし」

 結果として身も蓋もないことを言うのは千晴だ。その千晴は女子とは思えない大きな弁当をもう食べ終えている。

「それより今日は井戸の調査だろ?にしても井戸があるのが不思議かな?例えば防火用として設置してみたとか」

 サンドイッチを食べ終えた迅は鞄から数字パズルの本を取り出しながら訊く。完全に興味が薄れている証拠だ。井戸より数字がいいと訴えている。

「井戸があるということは水脈があるってことだぞ。それはすなわち地下水があるということだ。地質を調べる上でも参考になる。楽しみだろうが」

 対極的に調査に意欲的なのは楓翔だ。怪異現象がないかと質問した奴とは思えない真っ当な理由を掲げている。やはり井戸と聞いて地質愛が抑えられなかったのだ。

 しかも皆で井戸の調査というのが楽しみの一つになっている。国営放送でやっている某番組の影響だ。地質好きな人が情熱的に語れる素晴らしい番組だと思っている。これを科学部のメンバーとやってみたいのだ。ドラマが理由として許されるならこれも許可されてしかるべきという考えである。

「そもそも大倉先輩はどうして百葉箱の奥なんかに行ってみたんだ?こう、楓翔のような地質を調べたいという理由があるなら解るけどさ。百葉箱に用事があったとも思えないし」

 桜太にすればこれが気になるところだ。誰も知らない井戸を亜塔が知ってるというだけでも謎である。しかも亜塔の好きなものは大まかに言えば生物学に分類されるもので、百葉箱とは縁もゆかりもない。

「その謎は追及しないほうがいいと思う」

 これはいつものように元素周期表を広げている千晴の意見だ。しかも今日は日本が命名権を獲得して話題となった113番目を愛おしそうに撫でるということまでしている。この113番はまだ名前が正式に記載されておらず、ウンウントリウムと仮の名前が書かれているのだ。

「ちょっと、井戸に興味を持て!」

 楽しみにしていた楓翔が叫ぶと

「そのとおりだ!科学部たる者が眼前の謎を無視するとはどういう了見だ!」

 ドアを勢いよく開けて亜塔が現れた。しかもすでにヘルメットを装着していて、こちらも某番組の影響を受けていることが解る。地質が一番好きではないが、やってみたかったのだ。

「いや。謎を解明するだけでいいならブラックホールをしたいんですよ」

 現部長の桜太が白けた目で亜塔を見た。こういう対応が出来るからこその部長だ。亜塔に振り回されない。

「ふん。この際どんな謎も解明してみせる部活となればいいんだ。そうすれば実験する機会も生まれて元通り。そうだな、七不思議の次は疑似科学の解明でもどうだ?手始めに今流行っている水素水でいこう。怪しさ満点だぞ」

 亜塔は一人で盛り上がる。後輩の冷たい視線など気にしないのだ。

「勝手に規模をでかくしないでください。それに放っておけばいいでしょ?水素水なんて。水に水素を足すってどういう意味だって思うくらいですよ。缶に入っている余分な水素の行方が知りたいなら自分でやってください。それに七不思議についてまだ何もしてないに等しいです」

 冷静なのか自分も興味があると言いたいのか解らない意見を述べる桜太である。

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