第4話 関わっては駄目な先輩
「新入生獲得のための下地作りですよ。大倉先輩だって科学部を存続させたいんでしょ?何とか七不思議を集めたいんです。協力してください」
同じ科学部でもこの人はやっぱり無理だなと思いつつも楓翔は説得する。実は今年の新入生ゼロはこの人が原因なのではと楓翔はずっと疑っている。なので出来れば関わってほしくない。
それに亜塔に引き継ぎしたその前の部長は何を考えていたのだろうか。他の三年生はまともだったのだからそちらに部長を頼めばいいのにと思う。亜塔が部長だったことこそ謎だ。科学部としてはこちらを解明したいくらいである。
「それ。その謎解きには俺も参加していいんだよな」
どうしても諦められない亜塔はずいっと楓翔と迅に顔を近づけた。その目は真剣そのもので怖い。
「――はい」
その迫力に負けた二人は頷くしかなかった。悲しいことに情報を貰うどころかトラブルを背負い込んでいる。
「よしよし。実はさ、前から気になっていることがあるんだよね」
満足した亜塔は顔を離すと切り出した。これで高校三年間気になって仕方なかったことを自分で調べられる。
「気になることですか?」
すでに怪談からずれるなと、楓翔は暗い気分になった。
「そう。この学校、謎の井戸があるんだよね。しかも結構古い感じの。別に創立100年とかいう古い学校じゃないのに妙だろ?」
亜塔が目を輝かせて語る。
「井戸?」
そんなものあったっけと迅と楓翔は顔を見合わせた。二年生にもなれば大体のことはもう解っている。それなのに聞いたことも見たこともない井戸があるというのだ。
楓翔は地質調査失敗の原因になった学園長の話を思い返してみたが、やはり井戸なんて出てこなかった。
あるんだよ。それも本当にひっそりと片隅に。あれだ、百葉箱のさらに向こう側だ」
亜塔はあっちだと箸でその方向を指し示す。その勢いが凄まじく、危うく目の前にいた迅の目を突くところだった。
「うおっ。あっちですね」
迅は箸を避けたついでにそちらを向いた。しかし当然ながらここから見えるわけがない。目に入ったのは標本が入った棚である。その棚にはおそらく亜塔の愛するものも入ってるはずだった。
「うわっ」
それを思い出してしまった迅は顔を青ざめて目を逸らす。
「それは謎ですね。しかも学園七不思議として相応しいです。ついでに幽霊が出るとかいう噂があると助かるんですが」
有力情報ゲットに安心した楓翔は、どうにか怪談にならないかと亜塔を窺う。やはり関わりたくないが頼りになる先輩だ。部長だったのは取りあえず正解かもしれない。
「それはない。そもそもそんな噂があれば井戸の存在はもっと有名だよ。俺も真っ先にその原因を突き止めに行っている。ところが、誰に言ってもそんなものはないと言われてしまう始末だ。幽霊話が欲しいなら適当にでっち上げたまえ。そんなものは勘違いと思い込みから派生するものだからな」
大笑いする亜塔に、楓翔は脱力した。それを言っては元も子もない。
「そうですよね。それに七不思議って、よく考えれば七つ不思議があればいいんですし。解明するのは何も怪異現象じゃなくていい」
思い切り亜塔に乗っかる迅は納得している。ここでも怪談が捨てられそうになっていた。
「よく言った。科学を信奉するものが非科学的なものを信じてはならん」
「いや。だからその非科学的なものを科学で解決したいんです」
亜塔と迅が手を取り合う中、ちゃんと趣旨を理解している楓翔は叫んでいた。本当にもう亜塔と関わりたくないと再確認する羽目になったのだった。
千晴は他のメンバーとは違う手に出ていた。それは文系クラスの友人に話を聴くというものである。理系に怪談を持ち掛けても無駄だと真っ先に気づいたのだ。
「ヤッホー。穂波」
目的の二年二組にやって来た千晴は廊下から声を掛けた。目的の友人の川島穂波の席は廊下側の窓際なのだ。
「ぐふっ」
本を読みながらパンを食べていた穂波は思い切り咽た。昼休みに声を掛けられることは稀なので油断していたのだ。
穂波は誰もが思い描く文学少女そのものである。さらさらの長い黒髪。大人しい雰囲気。そして物知りというところだ。
「どうしたの?千晴」
机に置いていたペットボトルのお茶を急いで口に含んでから穂波は訊く。丁度レーズンを飲み込もうとしていた時に声を掛けられたせいで、レーズンが気道に落ちていくところだった。
「ちょっと聞きたいことがあるの。いい?」
千晴は顔の前で両手を合わせて訊く。知恵を貸してくれとのアピールだ。
「私でいいの?まあ、座って」
穂波は目の前の席を指差した。この席の人物は昼休みに帰ってくることはない。いつも学食の大盛りランチを食べているせいだ。
「実は厄介なことを調べててね。理系の連中では手に負えないのよ」
千晴はさっさと教室に入って椅子に座ると切り出した。しっかり理系は関係ないと言ってしまうところが悲しい。
「へえ。一体何を調べてるの?」
どうやら理系の話を聴かなくていいようだと解った穂波は、本を閉じて身を乗り出す。
「この学校にある怪談。でもこの学校って新しいじゃない。創立44年だっけ?おかげで見つからないのよ」
千晴は困り切った顔を作って言った。ちなみに創立何年かなど覚えていない。でっち上げだ。意外とこういう歴史の数字に弱いのが理系の悲しいところだ。
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