第5話 三年も巻き込みたい

「創立27年よ。怪談でしょ。知ってるよ」

 あっさり創立からの年数を言った穂波は、これまたあっさりと知っていると断言した。

「うそ。なになに?」

 やはり穂波に目を付けて正解と千晴はこっそりガッツポーズした。さすがは生き字引だ。

「どれもありきたりだよ。私も何か怪談ってないかなって探したんだよね」

 同士が現れたと穂波はにんまりする。

「へ、へえ。そうなんだ」

 勘違いされたなと気づいた千晴は僅かに引いた。そもそも大人しそうに見えて意外と行動派とは驚きだ。しかも自主的にそんなものを調べようとするとは変わっている。

「でね、一応三つは見つかったの。その内二つは北館のもの」

 聞きたいと窺うように穂波はそこで言葉を切る。

「北館で?というか、できれば三つとも教えて」

 逃がすまじと千晴は穂波の手を握って頼み込む。

「いいわよ。その代り他に見つかったら教えてね」

「う、うん」

 そんなに知りたいのかと千晴は再び引いた。どうやら穂波は怪談が好きなようだ。

「まずは北館の二階のトイレ。ここですすり泣く声がするって噂されてるの。でも決まった時間に聴こえるわけじゃないみたいで、何度か行ってみたけど聴こえなかった」

 さも残念と穂波は語る。

「北館の二階?」

 千晴はすすり泣きより場所が気になった。まさかそのトイレは化学教室の横にあるものだろうか。だとすればちょっと嫌である。

「で、二つ目は音楽教室よ。あそこの肖像画。どういうわけか総ての絵と一気に目が合うのよ。これは試してみたわ。気持ち悪いよ」

 穂波は怖かったと肩を抱いて震えた。そういう話が好きなくせに、実際に体験すると怖いものなのかと千晴は不思議である。しかもそう簡単に確認できるのならば解明も簡単だろう。目が合うというヒントからすでに可能性は絞られている。

「で、三つめは怪談かどうか解らないのよね。学園長像が動くっていう噂はあるんだけど」

 千晴の冷めた目線など気にせず、穂波は三つめまでを語った。しかも学園長像はがっかりという雰囲気も出す。

「動くねえ」

 たしかに千晴にも何のことか解らない。普通夜中に動いたとか何か情報がありそうなものだ。しかも動くといえば二宮金次郎ではないのか。まあ、この学校にはないけれど。

「そう。でも何人かは動いたところを見たことがあるらしいのよ。気になるのよね」

 穂波は困ったという顔になる。こうしてここでも怪談かどうか怪しいものを拾っている科学部だった。







「ふふふっ。人に聞くまでもなく謎が一つあるんだよな」

 放課後。学園七不思議を黒板に書き出していた科学部メンバーは、松崎の情報を入れても六つしかないと悩んでいた。そこに遅れてきた優我が笑ってこの言葉を言ったのである。

「どういうことだ?」

 チョークを投げつけたい衝動に駆られながら桜太は訊く。知っているなら昨日の段階で言っておいてほしいものだ。しかも怪異現象を科学で解明と言い出したのは優我である。もう少し積極的になるべきだ。

「ここの化学教室だよ。夜に謎の光を目撃したとの話がある」

 勢いよく言い放った優我に、他のメンバーはきょとんとした。

「えっ?ここ?」

 二年生になっても知らないこと再び。まさか身近で怪異現象が起きていたのだ。代表して桜太が訊く。

「そう、ここ。その昔、大真面目にここで実験していた科学部員が目撃したということだ。因みに情報源は奈良井先輩だ」

 いや、結局は人から聞いているだろと全員が心の中で突っ込む。しかし問題はそこではない。情報源が何と引退した三年生なのだ。

「大倉先輩が参加するって言い張っているし、ここは奈良井先輩にも参加してもらおうか」

 桜太は丁度いい生贄が手に入ったと笑う。奈良井芳樹は亜塔と付き合いが長い。しかも誰もが忘れているが副部長だ。被害が後輩に向く前に何とかしてくれるだろう。しかも芳樹はアマガエルを愛する変人だが真っ当な人物だ。戦力にもなる。

「それなら中沢先輩も巻き込みましょうよ。何だか仲間はずれみたいになるし」

 千晴がすかさず提案する。科学部の変人の中でも一番まともなのがこの中沢莉音だ。迷走気味のこの件も何とかしてくれるのではと期待してしまう。しかも莉音は千晴の好みのタイプだった。怖がる振りして近づくチャンスもある。

「そうだな。そもそもこの七不思議解明に乗り出す羽目になったのは彼らが残した負の遺産のせいでもある。ちょっとくらい責任を取ってもらってもいいだろう」

 都合よく事実を捻じ曲げた桜太が言い切る。部長になって改善策を何も出さなかったとの突っ込みは受け付けないつもりだ。

「よし。それじゃあ先輩たちに声を掛けるとして、調査順序を決めないと。図書室も含めて北館に集中しているよな」

 誰からも反論が出なかったところで桜太が進める。

「そうだな。そこは怪談らしくじめっとした場所に集まるんだ」

 迅がうんうんと頷く。亜塔と妙な意気投合をしていたとは思えない発言だ。

「そうなると、場所が不明なのが井戸か。それと見てはいけない笑顔。誰の笑顔か不明だ」

 楓翔は言いながら首を捻る。どうにも井戸というのが引っ掛かるところだ。水脈でもあるのだろうか。地質を愛する楓翔は気になってしかたない。亜塔の前では興味ない振りをしていたが、調べたくてうずうずしていた。

「笑顔は見たらアウトなんだろ。っていうか七不思議か?」

 優我は今更ながら突っ込む。

「いいんじゃない。それに一日でこれだけ集まったんだから、それが不明でも何か代わりは見つかるでしょ。明日先輩に声を掛けるんだし、大倉先輩に井戸まで案内してもらうところから調査開始でいいんじゃない」

 なぜか千晴がまとめる。しかし全員そこは気にせずに賛同した。

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