第96話 浚われた仲間の行方


「マリ達はあの洞窟に運ばれたみたいね。中の様子は……ちょっと分からないわ。低位の精霊が嫌がる仕掛けでもあるみたい」



 エアリスの精霊を介した情報収集によって信太郎たちは人気のない森の奥へとやって来ていた。

 自然界のどこにでも存在する精霊たちの目から逃れることはできない。だが何らかの仕掛けによってエアリスは洞窟の中を把握できずにいた。

 ただの人間である小向や空見にすらこの場所から離れたい思いで一杯だ。

 おそらくだが、生物の本能に訴えかける人払いの呪いでもかけてあるのだろう。

 豊かな森だというのに獣すら近寄らない異様な雰囲気がこの場所の異常さを如実に訴えている。



「信太郎君、何か感じるかい? 臭いとか音とか」


「うんにゃ、何も感じねぇ。どこかに繋がってんのかもな」



 空見にそう答えると信太郎はズカズカと洞窟に歩いていくと、無警戒に中に入ろうとする。これに慌てたのは空見達だ。



「ちょっ……信太郎君!?」


「ん? 大丈夫だぞ、嫌な気配とか一切ないし。ほら、誰も居ねぇーぞ」



 手招きする信太郎が洞窟に入っていくのを見て、エアリスが小向と空見の耳を引っ張る。



「ちょっとどうすんの? あのバカ、中に入ってったけど」


「仕方ない、僕らも行こう。信太郎君の直感を信じようか」


「了解っす」



 空見達は信太郎とは対照的に慎重に洞窟へと歩みを進めた。



 ◇



 洞窟に入ってすぐに目についたのは中央にある巨大な魔法陣だ。

 その四隅に動物や祭壇のようなものが置かれているだけで、他には家具も出口もない。祭壇を観察していた空見は、それが動物と人骨を使って出来たものだと気づくと隣にいた小向がそっと視線を反らす。

 どうやら気分が悪くなったらしい。



 この洞窟内の広さはせいぜい三十畳ほどで、パッと見る限り怪しいのは中央の魔法陣のみ。しかし空見達は魔法陣には全く詳しくない。

 分かりそうなのはエアリスくらいだろう。



(エアリス君なら何か分かるかな?)



 軽い期待を込めた空見の視線がエアリスとぶつかる。



「これは転移門ね」



 転移門とはその名の通り遠い場所に一瞬で飛んでいける魔法のことだ。

 一言で言うとワープである。

 非常に貴重な技術とされていてだいたいは国家によって管理されていることが多い。なにせ遠い場所に一瞬で兵士や物資を送り込めるのだ。

 もっぱら王族の避難経路や戦略的に使われている。



「どこに繋がっているか分かるかい?」


「接続は切られているから正確な場所とかまでは無理よ……」


「そんなぁ!? じゃあどうしようもないってことっすかぁ!?」



 空見とエアリスのやり取りを聞いた小向が絶望の声をあげる。

 そんな小向にエアリスは不敵な笑みを見せた。



「ワタシ様を誰だと思っているの? 大精霊エアリス様よ! 大体の場所くらいは掴んでみせるわ」



 そういうとエアリスは魔法陣に手をつき、瞳を閉じる。

 エアリスは全神経を集中し、微小な力の断片を辿っていく。



「方角は……北西……いや、北北西ね。距離は最低でも100キロ以上ってところね」


「待って、今地図を出すよ」



 空見がベルトに吊り下げたポーチから丸まった地図を取り出すと、信太郎達が地図を覗き込む。ただ残念なことに信太郎と小向、そしてエアリスでさえも周辺国家の名前や地名をよく覚えていない。

 そんな者たちが地図を見ても何も分かるはずがなく、信太郎達は救いを求めるように空見の顔を見つめる。



「ええと……ここは南部連合とベルトライン領の間ぐらいだから……この範囲だね」



 空見は信太郎達にも分かりやすいように黒炭で地図に長細い丸をつける。



「ここらってどういう国があるんすか?」



 案の定、地名を分かっていなかった小向が疑問の声をあげると、空見が順番に地図に印をつけていく。



「まず近い国から順番にベルトライン王国、商人の国と言われるジネス共和国、勇者の国に次ぐ大国であるカロス王国、最北の国はブリタニア王国だね」


「……結構多いっすね」



 捜索範囲の広さに小向が深刻な顔をする。

 誘拐された以上、早く救出せねばどうなるか分からない。だというのにこれでは何か月もかかるだろう。

 暗くなった小向達を元気づけるように空見が声を張り上げる。



「誰にも気づかれずに50人以上の冒険者を浚ったんだ。一般人の誘拐とはわけが違う。こんなことをできる組織は限られているはずさ。とにかく情報を集めよう」


「お? 今すぐ探さねーのか!?」


「信太郎君、まずはアタリを付けないと。それに今はなりふり構わっていられないんだ、コネも使わなきゃ」


「コネ? そんなのあったっすか?」



 首を傾げる小向の肩に座りこんだエアリスが思い出したようにふと呟く。



「もしかしてリリアって娘の力を借りる気? あの娘、コネとか持ってるわけ?」


「さっき町で聞いたじゃないか。魔王を倒したのは彼女だって」



 先ほど信太郎達が町から出る時、町中がお祭り騒ぎだった。

 ついに魔王が倒されたという知らせが届いたのだからそれも無理はない。

 問題は魔王を倒したのは勇者ではなく、リリアという少女だということだ。

 何故勇者ではなくリリアが魔王を倒すことになったのか空見には分からない。

 重要なのは魔王を倒し、英雄となったリリアがマリのことを友人として大切に思っている点だ。

 事情を話せばきっと力を貸してくれると空見は踏んでいた。



「彼女は英雄になったんだ。彼女の友人というコネを使わせてもらおう。国に捜査を協力してもらえればすぐに手がかりが見つかるはずさ」


「そうと決まれば急ごうぜ! マリ達を助けねーと! リリアっていったけ? アイツの匂いは覚えてるし案内すっぞ」



 マリが浚われてさすがの信太郎も焦っているのか、空見達を引っ張るとすぐにその洞窟を後にした

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