第95話 誘拐
「空見の兄ちゃん、あそこか?」
「うん、あそこが皆のいる救護所だよ」
都市部へ戻った信太郎たちの十数メートル先、空見が指さす先には古ぼけたレンガ造りの屋敷が立っていた。
元々は買い手のつかない屋敷を入院施設に変えたもので、お化け屋敷のような見た目に目をつぶれば十分な広さを持った病院だ。
入り口にはご丁寧にベッドと薬瓶の描かれた看板が下げられている。
おそらく文字の分からない者にも病院だと分かるようにするためだろう。
どうやらこの病院で軍に参加した者たちの治療を行っているようだ。
だが信太郎は首を傾げる。
「なぁ、空見の兄ちゃん。本当にあそこにマリがいるのか?」
「え? 少し前に僕が運んだし間違いないよ。 ガンマや薫も彼女のそばにいるから危険はないはずだけど」
「んん~? なんかマリや薫の兄ちゃんの匂いが全然しねーんだけど」
「そんなバカな……」
不安になった一同は顔を見合わせ、病院へと走る。
玄関に入った空見達はすぐに異変に気付く。まるで人の気配がしないのだ。
「こっちだよ、みんな着いて来てくれ!」
怪我人のいる大部屋を目指して空見は廊下を走り抜ける。
蹴破るように開けたドアの先には、大きな部屋が広がっていた。
大きさはちょっとした体育館のように広く、そこに一定の間隔でベッドが置かれていて、あちこちに空き瓶が転がっている。
中はもぬけの殻で誰もいない。
「そんなバカな……」
呆然とする空見を追い抜き、部屋に入った信太郎が犬のように臭いを嗅ぎまわると訝し気な表情でベッドへと近づく。
そしておもむろにベッドの下に手を突っ込んだ信太郎は、そこから干からびた大きな物を引っ張り出す。
「なんだこりゃ? 干物みてーなのがベッドの下にあるぞ」
「干物? ……なっ、これは!?」
信太郎に続いてそれを間近で確認した空見は絶句する。
ベッドの下に干からびた死体がいくつも詰め込んであったからだ。
そして空見は死体の来ていた服に見覚えがあった。
「この服装、ここで働いていた僧侶や医師のものだよ」
「殺されたってことっすか!? ここ治安最悪じゃないっすか!」
空見の言葉に小向が悲鳴をあげる。
「ま、まさか他の皆は……あっ! 信ちゃん先輩、匂いを辿れば見つかるんじゃ!?」
「それが分からねぇんだ。匂いが急に消えてんだよ……」
真っ先に匂いを辿ろうとしていた信太郎だが、何故か匂いが急に途絶えていたせいで完全にお手上げ状態だ。
どうしようもない状況に信太郎たちは黙り込む。
「マリ達は殺されてないわ。これは誘拐ね」
目をつぶって何かを探っていたエアリスが断言する。
どうやら周囲を漂う低位の精霊たちに話を聞いていたようだ。
「ええぇっ! マジっすか!?」
「誘拐……身代金目的か? そういえば信太郎君は匂いが消えてるって言ってたけどどういうことかわかるかい?」
「たぶんだけど魔道具で痕跡を消しているんだと思うわ。でも精霊たちに話を聞いていけば……」
「後を追えると? さすがはエアリス君だ!」
空見がエアリスを褒めると、すかさず小向と信太郎が便乗する。
「さすがはエアリスさんっす! さすエア!」
「おう! 頼りになるぜ、さすエアは」
「毎回思うけどさすエアって何よ? 褒めてるのよね……?」
どこか腑に落ちない表情でエアリスが呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます