第82話 罠


「落ち着け!! 敵の数は我らより少ない! まずは冷静に……!」



 魔物の大群に取り囲まれ、パニックを起こしつつある部下を指揮官は落ち着かせようとする。

 しかしそんな彼の耳に恐慌状態になった同僚の声が響く。



「魔導士部隊、何してんだっ!? さっさと魔法をぶち込め! 今が魔法を打ち込む最後の機会だ!」


「おい! 何を勝手な……!」


「連中を見ろ! 妙に動きが遅いだろうが!?」



 その男の言う通り、要塞クラゲから出てきた魔物の大軍勢は明らかに動きが鈍い。まるで船酔いでもしているようで、中には地面に倒れこむ魔物もいる。



(どういうことだ? なぜふらついて……いや! 今考えるべきは魔物の排除だ!)



「伝令! 全軍に伝えろ! 我が部隊は魔導士部隊に魔法を掃射させるから射線に入るなと! それと前衛部隊は詠唱時間を死ぬ気で稼げっ!!」



 指揮官は傍らの伝令にそう叫ぶと、グリフォンに乗った伝令兵が慌てて空へ飛びあがった。




「今が好機だ! 接近される前にさっさと魔法を撃て! 数を少しでも減らせぇ!!」



 グリフォンに乗った伝令兵が連合軍の頭上を低空飛行しながら叫び続けている。

 それを聞いたマリ達の反応は素早かった。

 マリは信太郎の背中から飛び降り、上級魔法をいつでも放てるように魔物の大群へと狙いを定める。

 そして信太郎と空見は魔導士のマリや小向をかばうように前に出ると、ゆっくりと近づいてくる魔物へと身構えた。

 魔物から視線を外さないように、空見が横目で背後のエアリスへと視線を向ける。



「エアリス君、極大魔法の準備は……!?」


「今やってるわ! 子豚、準備は出来てるでしょうねっ!? 合図したら同時に撃つわよ!」


「子豚じゃなくて小向っすよ! あと10秒はかかりそうっす……!」


「それまで敵さんが待ってくれればいいな」



 泣きそうな声をあげる小向、そんな彼に薫が銃を連射しながら軽口を叩く。

 魔物に包囲された瞬間に真っ先に動いていた薫は、少しでも魔物を減らそうと銃撃を続けていた。

 もっとも、要塞クラゲから出てきた魔物はどれも強靭で銃撃がほとんど効いていなかったが。



「……魔物たちの動きが妙に鈍いな。っと! どうやら魔導士部隊の詠唱が終わったみたいだぞ」



 後方の魔導士部隊の様子を《千里眼》で覗き見たガンマがそう呟く。

 連合軍が慌てているのは確かだが、彼らは自身のやるべきことを理解していた。兵士たちは魔導士部隊の盾となり、魔導士部隊はほとんど詠唱を終えている。

 あとは指揮官の号令一つで魔法を一斉掃射できるだろう。

 ガンマからそれを知らされたエアリスが慌てて小向に視線を向ける。



「子豚、アタシはいつでも撃てるわ! アンタは!?」


「僕もいつでも撃てるっす! あと子豚じゃなくて小向っすよ~」


「よし! それで? もう撃っていいワケ!? 撃つわよ!?」


「バッ……まだ撃つな、エアリス! 《千里眼》で様子を見てるが、司令官みたいな奴がもうじき合図を出すみたいだ! もう少し待て!」



 魔物がよって来るプレッシャーに耐えかねたのか、先走って魔法を放とうとするシルフィを慌ててガンマが止める。

 マリも上級魔法をいつでも放てるように魔物へ向かって手をかざす。

 周囲の緊張が伝染したのか、マリの鼓動が激しくなっていく。

 そんなマリの前で信太郎が怪訝な顔つきで口を開いた。



「なぁ、マリ。何かおかしくねーか?」


「えっと……何が気になるの、信ちゃん?」


「オレ、馬鹿だからうまく言えねーけどさ、なんか獲物を待ち構える獣の気配を感じるっつーかなんというか……」



 信太郎の直感が人並外れていることをマリは良く知っている。

 惚れた弱みも関係しているが、無条件に信太郎を信用しているマリは魔物たちへと目を凝らす。



(あれ……もしかしてわざとゆっくり来てない?)



 マリが観察すると、魔物たちはふらふらと近づいてはいるがその歩みは妙に遅い。遅すぎるといっていいだろう。

 突然魔物に包囲されたせいで冷静さを欠いて気づけなかったが、今でははっきりと分かる。ワザともたついているのだ。

 おそらく今この場でそれを理解しているのはマリだけだろう。

 信太郎の力を理解し、一緒に居れば死なないという安心感を無意識のうちに持っているマリだからこそそれに気づけた。



(信ちゃんの言う通り、何かを待っている……?)



 ふとマリの脳裏にオークの軍勢が城塞都市モリーゼを攻めてきた時のことが思い浮かぶ。



(たしかあの時って鬼族のシャーマンがカウンタースペルを使ってきたんだっけ)



 ほんの数十分前にエアリスと会話した内容を思い出す。

 リッチのような上位の魔物は《反射》のカウンタースペルを使えると。



(気のせい? でも信ちゃんが危機感を感じたってことは何かあるはず! でも一体どこに……?)



 周囲を探るマリだが、ここは平原だ。

 遮るもの無き平原には隠れる場所はない。だがマリの脳裏にある事が思い浮かぶ。



(そういえばさっきのクラゲって地中から来たよね? まさか地中で一度危ない魔物を放出してたとか……)



 マリはすぐに魔法を行使する。

 悪意のある生命を感知する《エネミーサーチ》とエアリスから教わった魔力を調査する《マジックサーチ》だ。

 すると地中深くに大きな魔力の反応が2つ感じ取れた。

 その魔力は強大で、魔力総量はマリの十数倍はあるだろう。



(嘘……本当にいた!? しかもこの魔力、まるで腐った果実みたい……)



 マリはこの魔力をよく知っている。

 アンデッドになった魔物の討伐をした時に感じた魔力とまったく同じだ。

 つまり地中に隠れているのは間違いなく強力な死霊系の魔物――おそらくリッチだろうとマリは推測し、その表情が青くなる。



「だ、ダメぇっ!! みんな! 魔法はちょっと待っ……!」



 慌てて張り上げたマリの制止の声もむなしく、連合軍の魔法が一斉掃射されてしまう。攻撃の余波だけで身震いするほどの力の塊が轟音と共に魔物の大群へと迫る。

 その瞬間、二つの影が地中から飛び出してきた。

 ローブを纏った骸骨の魔導士――リッチだ。



 リッチ達はわずか一瞬で半透明な鏡を発生させると、それを盾のように掲げた。

 これこそ魔法に秀でたリッチのカウンタースペル、《魔法反射》だ。

《魔法反射》に触れた瞬間、連合軍が発射した全ての上級、極大魔法がすべて反射され、連合軍に襲い掛かった。


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