第76話 憔悴の魔導戦姫
城塞都市モリーゼの外に多くの軍営テントが乱立している。
アルゴノート王国の亜人解放部隊のキャンプだ。
テントには等間隔で篝火が焚かれているが、月明りに照らされているおかげでそんなものが無くとも遠くまで見渡せるほど明るい。
月明りに照らされた夜道を歩く二人の男がいた。
背の低いがっしりとした体格のドワーフと美形なエルフだ。
エルフの名はゲイルで、ドワーフの名はバレル。
二人は亜人解放部隊を率いる隊長と副隊長だ。
彼らは今、とあるテントを目指して歩いていた。
魔導戦姫と錬金術師が寝泊りしているテントだ。二人の視線の先にはゴーレムやガーゴイルに守られたテントが一つ立っている。
ゲイルたちが近づくと、門番をしていたガーゴイルが飛んできて二人の顔を覗き込む。危険人物ではないと判断したのか、ガーゴイルが一声鳴くとテントを守っていたゴーレムたちが道を開ける。
「う~む、毎度のことじゃが見事なゴーレムだのぅ!」
「……バレル、おまえは本当に度胸があるな」
武装したゴーレムたちの人垣を抜けながらバレルは感心した声をあげる。
子供のように目を輝かせるバレルと違って、ゲイルの顔は青い。
なにせここにいるゴーレムやガーゴイルは錬金術師に作られた特別製で、その武器にはどれも毒が塗られているのだから。
アルゴノート王国でも高名な戦士であるゲイルやバレルでも一斉に襲われたらさすがに危うい。
だというのにバレルは豪快に笑っていた。
「安心せぃ! こっちが妙な事をしなけりゃむしろこっちを守ってくれるんじゃぞ? 頼もしいくらいじゃろうが」
そう言うとバレルはテントの中へとズカズカと上がりこんでいった。
◇
バレルたちが中に入ると、中央に置かれた組み立て式ベッドに錬金術師の男が腰かけていた。
年齢も本名も不詳なこの男――マスターの腕の中でリリアがすやすやと寝息を立てていた。その姿はまるで赤子をあやすように父のように見える。
「ようやく寝たところなんです。御用件があるならどうかお静かに」
錬金術師はそう言うと疲れ切った笑みを浮かべた。その眼の下にはうっすらとクマが出来ていて、疲れのほどが伺える。
ここ最近、リリアとマスターは満足に寝ていない。
というのも素行の悪い連中が昼夜問わず押しかけてくるせいだ。
彼らは知る由もないが、ゴースの策略で複数の指揮官が洗脳され、この街には特に素行の悪い者が集められていた。
絶世の美姫と名高いリリアは嫌でも目立つ。
街で偶然リリアを見かけた者たちによって彼女の美貌があっという間に知れ渡った結果、リリアは昼も夜も付け狙われることになった。
もちろんそこらのチンピラに負けるリリアではない。その全てを返り討ちにしてきた彼女だが、積み重なった心労によって精神的に限界が近いのだろう。
おかげでリリアはまともに眠れなくなっていた。
(……こんな状態で戦えるのか?)
リリアの様子を見たゲイルは疑問を抱く。
相変わらず美しいが、数か月前と比べるとリリアは明らかに憔悴している。
ゲイルの部下の報告によると、食事もあまり喉を通らないとの事だ。
「率直に聞こう。彼女は万全と言えるか?」
「まさか。かなり不調ですよ」
「……そうか」
ゲイルの言葉にマスターは首を横に振る。
眼を閉じたゲイルは深く息を吸い、重いため息を吐く。
まるで自分の中の怒りを吐き出すかのように。
(愚かな人間どもめ、自らの手で最高戦力の力を削ぐとは……)
ゲイルは心の中で静かに愚痴を吐く。
全ての人間が悪ではないとゲイルは理解しているが、それにしてもブリタニア・カロス王国の混成軍は酷すぎた。
特にブリタニア軍が酷すぎる。
素行が悪く、死んだ方が国にとって都合がいい連中ばかりで構成されているという噂を聞いたことがあるが、ゲイルはまさにその通りだと思っている。
(休ませてやりたいが、彼女の代わりになれる者など存在しない)
もう一度深いため息を吐くと、渋面のゲイルが口を開く。
「すまない。もう少しだけ頑張って欲しい。その代わり、戦後に勇者の国アルゴノートにてお前たちを保護するという約束は必ず守ろう。すでに信頼できる上官の許可は貰っている」
「お願いします」
マスターはそう言うと寝息を立てるリリアの頭を優しく撫でた。
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