第77話 戦場
「諸君! ついに大願成就の日が来た。我々はありとあらゆる所で負け続けた。
奴らは砂の数よりも多く、我々は奴らよりはるかに少なかった。
英雄たちの戦術的勝利は、膨大な数によって戦略的敗北へと変えられ、 多くの英雄は儚く散っていった。
だが我々は今、ここにいる! 我らの牙は敵の喉笛にようやく届くのだ……!
諸君、これが最後の戦いだっ!!」
広大な平原にて立派な甲冑を来た軍人の声が轟く。
モノクルを着けた小太りの男だ。
一見すると頼りなさそうだが、素晴らしい軍才を持つこの男はアルゴノート王国のゴルド大将である。兵士に向かって演説をする大将を遠巻きに見つめる信太郎は首を傾げていた。
「長くてよく分かんねぇけど……これがポエムってやつか?」
「違うと思うよ、信太郎君。士気を上げるための演説じゃないかな?」
不思議がる信太郎に空見が冷静にツッコミを入れる。
まだ何かに納得できていないのか、信太郎が唸り声を上げた。
「演説……? でも話が長すぎて頭に入ってこないぞ。マリ、三行で説明してくれないか?」
「え~と、色々あったけどこれが最後の戦いです。
みんなで頑張りましょう、かな?」
「おお、分かりやすい! さすがマリ!」
「えへへ……」
神様ガチャで手に入れたチート能力によって信太郎はベヒーモス並みの身体能力を手に入れたが、その代償として信太郎の知能もまたベヒーモス並みになっている。
そのせいで信太郎は戦闘では誰よりも頼りになるが、三行以上の長い話は理解できない。完全にアホの子である。
だがダメンズ好きなマリにはそんな信太郎がたまらなく愛おしいらしい。
そんな信太郎を見て、マリ以外の仲間たちが生暖かい視線を送る。
「マリって男の趣味が悪いわね……。子豚、アンタもそう思うでしょ?」
「ちょっ、何で僕に振るんすか!? あと子豚じゃなくて小向っすよ」
信太郎と嬉しそうに雑談を始めるマリの顔を見て、エアリスがぽろりと本音を漏らし、話を振られた小向は慌てて否定する。
そんな光景を見た空見は笑みを浮かべる。
「おいガンマ、空見が何か笑ってんぞ。気持ち悪いな」
「あ、本当だ……。空見、お前なんで笑ってんだ?」
今まで緊張した顔つきだったのに、急に笑顔になった空見を見て無限銃使いの薫と魔眼使いのガンマが首を傾げる。
「いや、この締まらない感じが僕らっぽいなってさ。薫、ガンマ……みんなで必ず生き延びようなっ!! そうだ、この戦いが終わったらみんなでパーティーでも……」
「空見、それ死亡フラグっぽくから今はやめろって」
映画や漫画で言うところの死亡フラグを言い出そうとする空見を薫が慌てて止めた。
◇
ゴルド大将の演説が終わってすぐに空高くから咆哮が轟く。
信太郎達が視線を向けると、空から何かが滑空してくるのが見えた。
それを見た小向やマリが慌てだす。
「な、なんすかアレは……!?」
「まさか……敵襲っ!?」
いつでも魔法が撃てるように身構えるマリを信太郎が止める。
「落ち着けって、アレは敵じゃねーぞ。なんかドラゴンの背中に鎧着たオッサン乗ってるし」
「え、信ちゃん見えるの? かなり離れてるけど」
「おう! なんかこっちの世界来てからスゲー視力あがってさ。あそこの木、見えるか? 枝に止まってる鳥とかハッキリ見えんだよ」
マリの言葉に信太郎が平原の端にある木々を指さす。
信太郎の仲間たちはやや感心した顔つきだが、周囲の兵士達は十数キロ先離の物を正確に見通す視力に引きつった表情を浮かべた。
(報告通りとんでもない身体能力だ……。頭はかなり悪いそうだが、うまく扱えば自軍の損害をかなり減らせそうだな)
冒険者達が逃げ出さないように監視していた中隊長の心が少し軽くなった。
しかし空から飛んできた伝令が竜騎士だと知ると緊張した面持ちになる。
黒い飛竜に騎乗した騎士――彼らこそはアルゴノート王国の飛竜騎士団。
戦場の花形ともいえる兵種だ。
おそらく上空から魔王軍の動向を偵察していたのだろう。
竜騎士は飛竜から飛び降りると、元帥の元へと走り寄ると、何事かを耳打ちする。
(伝令が来るとは何かあったのか……?)
何事かと大将の様子を伺う中隊長の視線の先で、元帥は傍らの勇者アルトリウスを伴い、幕舎の中へと入っていった。
それを見たガンマが表情を歪める。
「……こりゃあ予想外の何かがあったのかもな」
「だな。これ絶対さっき空見が死亡フラグ立てたせいだろ」
「ちょっ……、僕のせいなのか!?」
薫に揶揄され、慌てた空見の悲鳴が響き渡った。
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