第75話 城塞都市の会議
夜の帳が下りてきて、城塞都市モリーゼの空高くに青い月が昇っている。
雲一つない空には星々が輝き、まるで宝石箱のようだ。
鮮やかな月光が都市全体を照ら出し、その青白い光は固く閉ざされた会議室の窓から差し込み、部屋全体を明るくしていた。
とても綺麗な月だったが、重苦しい雰囲気の会議室の中にそれに気づく者はいない。
「それで? アルゴノート王国の要求をどこまで飲むか皆の意見を聞きたい」
会議室の最奥に座る壮年の男が重苦しく口を開く。
彼はこの城塞都市モリーゼの市長だ。
城塞都市モリーゼは勇者の国アルゴノート王国から支援を求められていた。
内容は食料提供と援軍要請だ。
南部連合は軍事力が低く、何か困ったことがあったら隣国であるアルゴノートをいつも頼ってきた。戦後の事を考えると向こうの要請は断ることはできない。
食料支援ならば問題ないが、問題は援軍要請だ。
「こんな状態で兵を出せるはずがありません!」
「事情を話して妥協点を探るというのはどうでしょう? 例年とは状況が違うことを話せばどうにか……」
開口一番、若い貴族たちが口を開く。
そんな若者を見て市長の右腕である、年老いた貴族がため息を吐いた。
「ただでさえ我が国は軍事力の面でアルゴノートに頼り切りなのだぞ。こういう時にきっちりと誠意を見せねば不味い。勘違いされがちだが、アルゴノート王国は物分かりが良いが決してお人好しではないぞ?」
年老いた貴族の言葉に会議室が静寂に包まれる。
彼らも分かっているのだ。兵を出さねば不味いということを。
だがタラスクの襲撃によって壊れた城壁の補修はまだ途中で、堅牢として知られる城塞都市モリーゼは隙だらけと言ってもいい。
この状態で強力な魔物に攻められればさすがに危うい。
そして問題はそれだけではない。
「兵長、脱走兵について何か進展したことはないか……?」
疲れ切った表情を浮かべる市長の言葉にソルダート兵長が立ち上がる。
別にソルダートは城塞都市を守る衛兵のトップではない。
そんなソルダートがこの会議に出席できるのは彼の上官が金や肩書で軍の地位を買ったお飾りの軍人であり、実際に兵士をまとめ上げているのがソルダートだからだ。
「脱走兵どもは少なくとも1000人以上は確実かと思われます。山賊と化した彼らは組織的に動き、周辺の町や村を荒らし回っております」
「そんな事は分かっているっ!! 何故仕留められんのだ!?」
「軍が迫る気配を感じると町に放火して逃げ出すためです。一都市だけの戦力で捉えるのは困難かと。周辺都市との連携して賊を囲い込み、殲滅する必要があります。2~3ヵ月はかかるかと」
現在モリーゼ周辺では山賊と化した脱走兵が問題となっていた。
彼らは南部諸国の町や村をを襲撃して回り、略奪や焼き払いを繰り返している。
もちろん各都市も総力を挙げて兵を派遣しているが、軍が来る前に逃げ出す脱走兵に手を焼いていた。
警戒網の穴を突くような動きによって被害が拡大し続けているため、南部連合としてはあまり兵を動かしたくない。
かといって援軍を出さなければ戦後にアルゴノート王国に睨まれることになる
ソルダート兵長の淡々とした報告に貴族たちは頭を抱えた。
「一体どうなっているんだ!? タラスク襲撃だけでも驚きだというのに!」
「確かに。今回は脱走兵の数がやけに多くないか? おまけにここまで組織的に動くなんて前例がないぞ……」
魔王との戦いで脱走兵は一定数出るが、短期間で数千名を越える脱走者が出たのはこれが初めての事だ。
なにせ魔物との戦に負ければ、人類は滅ぼされる可能性があるのだ。
逃げても死期が僅かに伸びるだけと知っているため、魔王との戦において脱走兵は比較的少なかった。
しかも今回は脱走兵の全てが山賊となっている。
こんな事態は今までにないことだ。
彼らが知る由もないが、脱走兵の一件にはマンティコアの魔物――ゴースが関わっている。捕食した人間の能力を奪えるゴースは洗脳能力を持つ転移者を食い殺し、その能力で脱走兵を量産したのだ。
兵糧が無ければ軍はまともに戦えない事をゴースは良く知っている。
そんな訳で洗脳された脱走兵達はゴースの手足となり、今も南部連合の食料生産地を荒らしまわっていた。
「……期限はいつまでだ? アルゴノート王国の軍はいつ頃来る?」
「七日後です、市長。魔王の手勢がモリーゼの北東にある平原に集まっているとか。それまでに準備せよと」
市長の呟きにソルダート兵長が答えた。
城塞都市モリーゼの上層部も魔物の大群が集結しつつあることに気づいている。
その数は十万を優に超えるだろう。
「総力戦になりますな。万一討伐に失敗すれば都市は終わり……。市長、援軍を出すしかありませんぞ」
「分かっているっ! よもやこんな事態になるとはな。これも全て余所者のせいだ!!」
年老いた側近の言葉に市長は忌々しそうに吐き捨てる。
城塞都市モリーゼにやって来た他国の援軍――ブリタニアとカロスの混成軍は今のところ厄介事しか起こしていない。
特にブリタニアの将兵や他所からやってきた冒険者達は暴力沙汰を頻繁に起こし、若い娘を浚おうとするため、モリーゼの治安は悪化し続けていた。
おかげでブリタニア軍と城塞都市の衛兵達との間には深い軋轢が出来ていて、もはや関係修復は不可能だろう。
もちろん市長もブリタニア軍の代表に訴えたが、まともに取り合ってもらえなかった。それは南部連合の軍事力の低さが原因である。
どうせ何もできないと舐められているのだ。
こちらを小馬鹿にしてきたブリタニアの将軍の顔を思い出した市長は悔しさと怒りではらわたが煮えくり返る思いだった。
(……これ以上問題は起こせん)
市長はこの地方を治める領主の弟だ。
しかし末の息子を城塞都市モリーゼの市長にしたい現当主との関係は良くない。
これ以上の失態を重ねると市長の任を解かれてしまうだろう。
ブリタニア王国やカロス王国の軍は信頼できない。
市長が信頼できるのは昔から自分と共に都市を守り続けた衛兵達のみ。
「冒険者たちに出張ってもらうとするか」
「冒険者だけ……ですか?」
「何のために好待遇で冒険者を使ってやってると思っているのだ! こういう時のためだろうがっ!!」
「しかし一兵も出さないと不味いのでは?」
ソルダート兵長との問答で市長は少し考え込む。
さすがにそれは体裁が悪すぎると思ったのか、市長は脳内で算盤を弾く。
「……兵長、我が軍にて素行が悪い兵士を適当に昇進させ、冒険者達のまとめ役として送りだせ。あと金を出すから冒険者達には兵士の格好をさせろ。アルゴノート王国には要求以上の食料を提供する。これでアルゴノートは妥協してくれると思うか?」
「……有能な冒険者を送りだせばどうにか誤魔化せるかもしれません。いざという時の切り札を失ってしまうかもしれませんが、宜しいので?」
ソルダート兵長の言葉に市長は苦々しい表情で頷いた。
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