第74話 四聖2


 日が傾き、焼け野原になった大草原に茜色の光が差し込んでいる。

 ちょうど焼けた草原の部分に軍人たちがテントを設置していた。

 彼らはアルゴート王国の勇者が率いる精鋭部隊だ。

 どうやら今日はここで野営するつもりらしい。

 野営地の中で一際大きく、多くの兵士に守られたテントが見える。

 そこの内部では勇者を始めとした4人の男女が組み立て式の椅子に座って向かい合っていた。



 白銀の鎧に身を包み、黄金の聖剣を持つ整った容姿の青年――アルゴノート王国9代目の勇者アルトリウス。

 彼は英雄の国アルゴノート王国の王子だ。

 口数の少ない男だがとても誠実で、民や部下を大事にする好青年だ。そのため国民や軍部から絶大な人気を誇っている。



 アルトリウスの隣に座るのは青い杖を持った美女が座っている。

 彼女が四聖の一人であるアンナだ。

 緩やかに波打つ銀色の髪を腰元まで伸ばし、見る者を魅了する美しい顔立ちをしている。



 アルトリウスとアンナと向かい合うように座っているのは、先ほどまで戦場で戦っていた若い男の騎士だ。

 赤槍を握る野性味溢れる少年――四聖のガヴェイン。

 黒い盾と剣を腰に下げる美青年――四聖のランスロット。



 今は周辺調査のために、この場にはいない四聖のガレスを合わせると、彼らがアルゴノート王国の勇者パーティだ。

 アンナは向かい合っていたガヴェインに癒しの魔法をかけると、ガヴェインの火傷が初めからなかったかのように消え去っていく。



「ガヴェイン、体の調子はどうです?」


「ああ、問題ないぜ。……ランスロットのおかげでな」



 ガヴェインはアンナに対してぶっきらぼうに吐き捨てた。

 どうやらライバル視しているランスロットに救われたのが気に入らないらしい。

 そんなガヴェインをアンナは拗ねた弟を見る姉のような眼つきでガヴェインを見つめる。



「ガヴェイン、貴方は戦いが始まると夢中になって作戦が頭から飛んでしまうのが玉にキズですね」


「アンナ殿、それは軍人として致命傷では?」


「うるっせぇな! 死人が誰も出なかったからいいじゃねぇか!」



 ランスロットの訂正にガヴェインは口を尖らせる。

 ランスロットは何も言い返さなかったが、代わりに呆れた表情を浮かべた。それを見たガヴェインの怒りが燃料をくべられた炎の如く燃え上がっていく。



「ガヴェイン、その話はここまでにしよう。ところでアンナ、斥候からの情報はどうなっている?」



 さらに食ってかかろうとするガヴェインを見かねたのか、勇者アルトリウスが遮るように言葉を発した。

 さすがのガヴェインも尊敬している勇者であり、王子でもあるアルトリウスの言葉には逆らえない。彼はムスッとした顔つきで怒りを飲み込んだ。



「武神オーガス殿は回復したようで、こちらに向かっているとのことです。ただ聖女アナスタシア様はもう戦えないでしょう。元々体の弱い方でしたから……」



 痛ましい表情を浮かべるアンナの報告にテントの中が静まり返る。

 沈痛な表情を見せた仲間達の顔つきを見てガヴェインが素っ頓狂な声を上げる。



「えぇっ!? なんだよそれ……! 聖女のアナちゃん死んじまったのかよ!?」


「はぁ……。話をよく聞けよ、バカヴェイン。アンナ殿は戦えないと言っただけで死んだとは一言も言ってないだろう? あと聖女アナスタシア様だ。ちゃん付けで呼ぶとロマリアの僧侶がギャアギャア騒いで面倒だぞ。分かったか、バカヴェイン?」


「ああっ!? テメーその呼び方やめろっつったろうが! 喧嘩売ってんなら買うぞっ!?」



 顔を真っ赤にしてガヴェインが立ち上がった瞬間、アルトリウスの姿が霞のように消える。その直後、一触即発な雰囲気のガヴェインとランスロットの間にアルトリウスが姿を現す。



「喧嘩はやめろ。それとランスロット、少し言い過ぎだ」


「ですが王子! ガヴェインには早急に言葉遣いや礼儀作法を教えた方がいいかと。ロマリアで聖女様をちゃん付けで呼んで騒動になった事をお忘れですか?」



 ランスロットの言葉にアルトリウスはグッと言葉を詰まらせる。

 あの時は内心アルトリウスも頭を抱えていたからだ。



「……ガヴェインの礼儀作法については戦が終わってからにしよう。今は早急に戦を終わらせることのみ考えよ。アンナ、報告の続きを」


「はい、アルトリウス様。斥候の話によれば敵はアンデッドばかりとのこと。しかもまるでこちらを誘導するかのような動きをしていて……」


「危険だってか? でも今日倒した連中は小物ばかりだぜ」



 再びガヴェインが口を挟むと、隣のランスロットも口を開く。



「私の記憶が確かなら今日倒した魔物は、以前ここを通った時に倒した魔物の群れだったはず。アンデッド化しないように処置はしていたはずですが……」


「それなのですがリッチを見たという報告が上がっています」



 リッチ。

 それは不老不死のため自らアンデッドとなった魔法使いのことだ。

 通常のアンデッドと違って生前の記憶や自我を完全に引き継いでいるため、必ずしも邪悪な存在とは限らない。

 もっとも自分の知識収集や研究を最優先するので問題を起こすケースの方が遥かに多いが。またリッチたちはネクロマンシー《死霊術》の達人でもあり、アンデッド化を防ぐ処置をした死体からアンデッドを産み出すことも可能だ。



「……なるほど、リッチが協力しているのか。王子、今まで倒した魔物がアンデット化しているなら厄介かと。まだ敵の大物は生きているはずですし」


「んん? でもよぅ、ランスロット。敵は死んだ弱い魔物をわざわざ再利用しなきゃいけねぇほど戦力を出し惜しみしているってコトだろ? じゃあ向こうも余裕がないんじゃないのか?」



 ランスロットの言葉にガヴェインが腕組をしながら首を傾げる。

 戦い以外はからっきしのガヴェインからまともな意見が出るとは予想外だったのか、ランスロットが言葉に詰まる。



「我が軍の参謀にも同じ考えの者が何名かおります。それと数だけは多いアンデッドがとある地点に集結していくとの報告が」


「ならガヴェインの言葉通りかもしれない。いつもの戦と同じパターンだ。おそらく最終決戦が近い。アンナ、可能なら合流前に数を減らすように伝えてくれ。ただし無理はするなと厳命せよ。それで? 奴らが目指す場所はどこだ?」


「城塞都市モリーゼの北東、そこにある大平原を目指しているようです」


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