第68話 暗躍するゴース


「あの娘っ子はなぜそんなに憎まれとるんじゃ? 仲間ではないのかのぅ」



 暗い森の中、兵士達の話を聞いたゴースは首を傾げていた。

 洗脳した兵士達の報告によると、信太郎とリリアは最高戦力として考えられているようだが、意外にもその待遇は良いとはいえないものだ。

 ゴースにはそれが不思議だった。

 あの少年少女の活躍のせいで魔王軍の被害は甚大だ。

 てっきり英雄としてもてはやされているとと思っていたのだが。

 そんなゴースの疑問に兵士が答える。



「信太郎って男は強いんですが、すごいバカらしくて……」


「作戦を理解できなかったり、周りを巻き込むことも何度かあったみたいで扱いずらいらしいですぜ」


「なるほどのぅ」



 兵士の言葉にゴースは合点がいった表情を見せる。

 確かにあの知性だと複雑な指令は理解できないだろう。

 おまけにあの身体能力では人の軍隊に一人だけ巨人がいるようなものだ。

 少し本気で戦うだけで味方に与える被害もまた甚大になる。

 信太郎は戦士としては優秀でも、戦のような集団戦闘に全く向いていなかった。



「ではリリアの方は何故じゃ? 娘っこには考える頭はあるはずじゃが?」



 ゴースの言葉に兵士達は顔を見合わせる。

 どこか言葉に詰まった様子で、言いにくそうに年配の兵士が口を開いた。



「……ほら、あの女ってすごい美人じゃないですか。何でも大貴族のスケベ爺が無理やり口説こうとした時にぶん殴られたとかで」


「逆恨みってやつでさ。今じゃ袖にされた貴族連中が彼女に嫌がらせしまくりらしいですぜ」


「なんとまぁ……」



 ゴースは心の底から呆れ果てた。

 彼の心中は「戦時中に何をやっているのか」とツッコミたい気分で一杯だ。



「これだからブリタニアの連中は困りますぜ」


「むっ? その阿呆どもはブリタニアの者かのぅ?」


「ええ」

「アホな貴族はどこにでもいますがね、あそこまで酷ぇのはブリタニアぐらいでさ」



 兵士達は吐き捨てるように言い放つ。

 どうやら色々と不満をため込んでいるようだ。



 ブリタニア王国はローレシア大陸の北西に位置する大国だ。

 大国の中で唯一、魔物たちの領土――『暗黒領域』に接していない国でもある。

 そのためブリタニアという国は祖国を守る有能な人材のみを国内に留め、死んでも良い者た厄介者を連合軍に出向させがちだ。

 当然ながら、連合軍に参加したブリタニア軍人の多くが問題を起こしたり、足を引っ張ったりするので他国の兵士に嫌われている。

 魔物側もそれを理解していて、ブリタニアを積極的に攻めることはしていない。

 わざわざ敵の足を引っ張ってくれる存在を消す必要はないからだ。



(ブリタニアの国力は削るわけにはいかんんあ)



 ゴースは思案する。

 ブリタニアにはこれからも人類連合のお荷物であってもらわねば困る。

 そのためにわざわざ権力者が腐敗するように動いているのだから。

 なにせ腐っていてもブリタニアは大国だ

 万が一、革命でも起きて清廉潔白な人物が王にでもなったら大変なことになる。

 なので人に化けれる魔物がブリタニアに潜入していて、将来有望な芽を定期的に摘んでいるという訳だ。

 人類には可能な限り足の引っ張り合いをしてもらわねば困る。

 そこまで考えて、ふとゴースは閃くものがあった。



(ふぅむ、こやつらの知恵を借りてみるかの)



 時に人の邪悪さは魔物を越えることがある。

 意見を聞くだけならタダだ。

 聞くだけ聞いてみるかとゴースは口を開いた。



「お主らに聞きたいのじゃが、あの二人を排除するならどう動く?」


「排除って言われましても……」



 困り顔の兵士達は顔を見合わせる。



「どっちもとんでもなく強いし、やっぱり上に命令してもらって戦場から離れさせるのはどうです?」



 悪くはないが少し弱い案だ。

 どうしたものかと頭を悩ませるゴースの前で一人の男が手を挙げた。



「おれ! いい案ありますよ!」



 その男は見るからに小狡そうな外見で、身なりも汚らしい。

 おまけに何日も体を洗ってないのか臭いも相当なもので、ゴースはわずかに顔を顰める。それに気づいていないのか、その男は興奮した様子でまくし立てた。



「あの女、貴族や軍のエロ爺どもに会う度に迫られて嫌気がさしてるって話です。噂じゃ逃亡計画を練ってるって話も聞きやしたぜ。ゴース様のお力で貴族や軍の連中を操って襲わせれば出ていくんじゃないっすかね?

 出ていかなかったとしても、味方に襲われそうになりゃ気が抜けねぇはず。そうすりゃあの女、夜も警戒してまともに眠れませんぜ!」


「お前酷いこと考えるなぁ……」

「改めて見損なったわ、お前の事」

「発想が気持ち悪い……」



 満面な笑みの男に対して、味方であるはずの兵士達はドン引きの顔つきだ。

 それは兵士の命を救うために最前線で戦う少女に対する最低の裏切りだろう。

 不愉快そうな兵士達と違って、ゴースは興味深げに男を見つめた。



「ふむ、面白いのぅ」



 当初の予定通り、信太郎は仲間と分断した方が良いと判断する。

 ゴースが考えるに、信太郎は戦士としての強さなら大陸最強クラスだが、知能はゴブリン以下だ。

 真正面からの戦いで勝てないなら搦め手を使うまで。

 司令塔である仲間と引き離してしまえば、うまくあしらう自信がゴースにはあった。



(あの娘にはこの汚らしい男の策を使ってみるとするかのぅ)



 ゴースからすればリリアも信太郎レベルの強敵だ。

 できれば戦いたくはないし、軍から逃げてくれれば言うことはない。

 適当な軍人や貴族を洗脳し、リリアを襲わせて軍から立ち去ってもらうとしよう。

 仮に逃げなかったとしても、人間同士で対立するはず。



「さぁて、方針は決まったし後は作戦通りに行くかのぅ」


「作戦ですか?」

「何か我々に手伝えることはありますか?」



 ゴースの呟きに兵士達はすぐに反応する。

 洗脳された彼らの頭には主のために働きたいという思いで一杯だ。

 目を輝かせて活躍の場を求める兵士達に、ゴースは朗らかな顔で笑いかけた。



「それでは……有能な指揮官の居所、各都市の抜け道に兵糧の隠し場所、すべて教えてもらおうかのぅ」

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