第67話 操屍蟲ベルゼルガ


「嘘、空見さんが……」


 僧侶の部隊が魔物に飲み込まれたのをみてマリは唖然とする。

 あそこには空見もいたはずだ。

 あの魔物の雪崩に巻き込まれた部隊が無事とはとても思えない。



「何してる! 早く信太郎に救助させるんだ!」


 ≪は、はい! 信ちゃん、空見さんを……≫


 ≪もう向かってるぜ!≫



 衝撃波を纏いながら突進する信太郎はまさに流星の如く、周囲の魔物を粉砕しながら僧侶たちが居た場所へと跳んでいく。

 そんな信太郎を見て、マリが慌てて≪念話≫で声をかける。



 ≪信ちゃん! その速度で突っ込んだら空見さんも危ないよ!≫


「あっやべ……!」



 慌てて急ブレーキをかける信太郎だが、勢いがついていたせいか急には止まれない。

 地響きと土砂を巻き散らしながら魔物の群れへと飛び込んでしまう。

 そして信太郎から一瞬遅れて到達した衝撃波が魔物の群れを轟音と共に消し飛ばしていく。それを見ていたマリ達の血の気が引いていった。



「これってさ、空見の止め刺しちまったんじゃないのか……?」



 唖然とした様子の薫がぽつりと呟く。

 彼の言葉は皆の心の声の代弁である。

 凍り付いたように動きを止めた一同の前で、山積みになった魔物の残骸から大きな塊が飛び出してきた。



「おーい、マリー! 空見の兄ちゃんと生き残りのオッサンらを助けたぞー!」



 飛び出してきたのはもちろん信太郎だ。

 小脇に気を失った空見を、その背中には生き残りの僧侶たちがしがみついていた。

 群がる魔物の群れをマシンガンの如きパンチで掃討しながらマリ達の方へと近づいて来る。

 その光景を見て真っ先に反応したのはマリだった。



 ≪信ちゃん! そのまま進路にいる生き残りの人を集めてきて!≫


「おうよ! 死にたくねー奴は俺に着いてこい!」



 マリの≪念話≫を聞いた信太郎は進路上の魔物を蹴散らし、大声で叫ぶ。

 生存者を守り続ける信太郎だが、さすがの信太郎でも体は一つだ。

 全てを守りきることなどできない。

 なにせ全力で暴れれば衝撃波で周りが消し飛ぶのだから。



 魔物も信太郎に敵わないことを理解しているのか、信太郎には絶対に近づかず、それ以外の者に群がっていく。

 まるで一つの生き物のように統制され、全く無駄がない動きだ。

 そのせいで信太郎の保護する生存者たちは、端っこに居る者から殺されてしまう。

 それを『千里眼』で上空から見ていたガンマは驚きの声を上げた。



「あ、あり得ない……! なんでこんなに動きがいいんだ!?」



 これはあり得ないことだ。

 成り立て――すなわち低位のアンデッドの知能は低く、己のそばにいる生者に襲いかかることしか出来ない。

 だというのに一つの生き物のように統制された動きをしているこの魔物たちは明らかに異常だ。



「ガンマさん、鑑定を使って下さい! きっと何か秘密があるはずです!」


「わ、分かった!」



 狼狽えるガンマに向かってマリが口を開き、ガンマは慌てて鑑定の魔眼を発動させる。その瞬間、ガンマは驚愕した。

 彼の目の前には多種多様のアンデッドがいるはずなのに、全て同じ種族名だったからだ。



『操屍蟲ベルゼルガ』

 小さな昆虫型の魔物。炎や特定の虫よけ用の薬剤を嫌う。

 能力:死体操作

 状態:洗脳



「ベルゼルガ……? 能力は死体操作!? しかも洗脳ってどういうことだ!?」



 敵の正体を見破ったガンマは悲鳴をあげる。

 あまりに予想外過ぎたからだ。



 操屍蟲ベルゼルガ。

 小さなハエ型の魔物、それがベルゼルガの正体だ。

 死体の中に入り込み、借り物の体が使い物にならなくなるまで暴れ狂う姿はまさに狂戦士と言える。

 なにせ体をバラバラにされなければ止まらぬ狂戦士なのだから。

 始めはアンデッドだと考えられていたが、近年冒険者の報告と学者達の研究によって虫型の魔物と判明した新種の魔物だ。

 当然ながらアンデッドではないので浄化魔法は全く効果がない。



(完全に見誤った! 最初から鑑定の魔眼を使っていれば……!)



 ガンマは悔し気に歯噛みする。

 用心に用心を重ねていれば防げた事態だったからだ。



(どうして俺って奴は肝心なところで失敗するんだ!?)



 自分自身の失敗を責めるガンマは頭を抱える。

 そんなガンマに指示を仰ごうとマリは口を開く。



「どうします、ガンマさん?」

「やい、中二病! しっかりしろ!」


「うるせぇよ、俺は中二病じゃないって言ってるだろ! ……ダメだ、完全に総崩れになっているぞ」



 薫の言葉に冷静さを取り戻すガンマ。

 千里眼で上空から戦況を把握するが、敵に取り囲まれた上に味方は総崩れ。

 逃走している兵士も多い。



 元々この場には剥ぎ取り要員と最低限の兵士しか残されていないのだ。

 おまけに敵は殺しても死なないときている。

 正確に言えば魔物の内部に潜む小さな蟲を殺せば動きを止められるのだが、混乱しきった兵士にそんな言葉が届くはずもない。

 仮に届いても、強固な外殻に守られた魔物を倒せる戦力は信太郎以外では数えるほどしかいないので無駄だったろうが。



 総崩れとなった兵士たちは散り散りになって逃走していく。

 これを押しとどめるのはもう不可能だろう。



「どうするんだ、ガンマ?」


「……助けられそうな奴だけ拾って近場の街へ逃げよう。信太郎、退路を開いてくれるか?」



 立て直しは不可能と判断したガンマは、友軍を少しでも救助しつつ撤退する道を選んだ。ガンマ自身の千里眼と信太郎の力があればそれも可能だろう。



「おうよ、任せろ! ……で? マリ、どこにどうすりゃいいんだ?」


「えっとね、街の方角は……あっちに向かって敵の包囲網を破って」



「おっし! 俺に任せろ!」



 信太郎はマリの指さす方向へと駆け出すと、魔物の群れへと飛び込んだ。



 ◇



「逃げ切ったか……」

「クソッ! 酷い目に遭ったぜ」



 とある森の外れで、茂みに隠れた兵士の一団が悪態をついていた。

 数にしてほんの十数名の兵士だ。

 逃げ切ったことを確認すると、彼らは深いため息を吐いた。

 泥まみれの彼らの手に武器はなく、持ち物は麻袋一つのみ。

 重い武器は邪魔になるため捨ててしまったのだ。



「これからどうするかな……」


「そんなもん街まで逃げ帰るに決まってるだろ。朝まで休んだらすぐ出発するんだ。さっさと寝ちまいな」



 若い兵士の呟きに年かさの兵士がぶっきらぼうに言い放つと、木にもたれ掛かって目を閉じた。このまま朝まで仮眠を摂る気らしい。

 その兵士に倣ったのか、他の者も同じように休息を摂り始める。



 空腹すぎて眠れなかったのか、一人の兵士が身を起こすと自分の袋を漁りだす。

 取り出した携帯食を口に放り込むと、水の入った革袋に口をつける。

 腹に食べ物を入れた兵士は、少しだけ気分が落ち着いたようだ。

 男が休もうとした瞬間、暗闇に光るなにかに気づく。



(ん? あれは何だ……?)



 暗闇をまじまじと見つめる兵士。

 二つの小さな光が爛々と輝き、こちらに近づいて来ていた。

 それの正体に気づいた兵士は慌てて叫ぼうとする。

 だがそれはあまりに遅すぎた。

 いつの間にか目の前に年老いた老人の顔があったのだ。



「ひいっ!?」



 恐怖のあまり悲鳴を漏らす兵士を、醜悪な怪物が楽しそうに見つめていた。



「なんだ!?」

「敵か!?」



 腐っても彼らは熟練の兵士だ。

 仲間の悲鳴に飛び起きる兵士達だが、それを見たゴースは落ち着き払った様子で笑いだす。



「ほっほぅ! これは活きが良いのぅ。だが静かにせい、ワシはお前たちの主人じゃぞ?」



 そう言うとゴースは洗脳の力――粕森を捕食して得た能力を周囲に飛ばす。

 一般の兵士がそれに抗えるはずもなく、一瞬で彼らはゴースの配下となった。

 己の足元へ大人しく跪く兵士をゴースは満足そうに見つめる。



「申し訳ありません! ゴース様」

「我らが主よ、なんなりとお申し付けください」



「それほど畏まらずともよいぞ。いくつか聞きたいことがあるんじゃが」


「「何でも聞いてください!」」



 ゴースの前に跪く兵士たちは声を揃えて唱和した。

 彼らの顔は新しい主に仕えられる喜びで一杯である。

 そんな兵士達を見つめるゴースは醜悪な笑みを浮かべ、口を開いた。



「ではシンタローとかいう男とその仲間、そして魔道戦姫の……リリアといったか? 奴らについて知っていることを……そうさの、弱みになるようなことを話してもらおうかのぅ」

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