第66話 敵襲


「敵襲だ!! 起きろぉぉっ!!」



 まだ薄暗い明朝、味方の怒声や角笛の音が響き渡る。

 異変を察知した信太郎は真っ先に飛び起きると、テントを飛び出して周囲を伺う。

 人混みや山積みになった魔物の死体、おまけに薄暗いせいで見えにくいが、何かが襲ってきていることだけは分かった。



「お? なんだ? この臭い……」



 信太郎は妙な臭いに訝しげな表情をする。

 鼻をひくつかせながら周囲を伺うその様はもはや犬である。

 そんな信太郎の背後にある複数のテントから飛び出す者がいた。

 空見、ガンマ、薫の三人だ。

 皆一様に疲れ切った様子でふらふらと信太郎の前へと歩いて来る。



「信太郎君、どうしたんだい!」

「まだ眠いっつーの……」



 比較的マシな顔つきの空見と違って、薫は今にも死にそうな顔をしていた。

 体力が低いのに前線に配備されたのでそれも仕方のない話だろう。



「なんか襲撃みてーだぞ。臭いで判断すると死体っぽいぜ」


「死体? ってことはアンデッドに変化したってことかい!?」


「いくら何でも早すぎじゃね? おい、ガンマ。敵はどの程度いるんだ?」


「今見ているところだ」



 薫が振り返ると、すでにガンマは千里眼を使い、上空から戦場跡を見下ろしていた。ほんの数秒ほどで戦況を把握したのか、ガンマは深いため息を吐く。



「……完全に囲まれているな、数えきれないほどいるぞ」



 ガンマの言葉に薫は苛立った様子で舌打ちする。



「一体どこから来たんだ? 見張りの連中、サボってやがったのか?」


「かもな。まずは軍の連中に指示を仰ぎたいところだが……」



 ガンマは周囲を見渡すが、突然の奇襲にどの部隊も混乱している。

 指揮系統がまともに機能しているか怪しい所だ。

 空見もそう感じたのか、苦い表情を浮かべた。



「この状態で指示を待つのかい? それはちょっと……」


「全滅しそうだな。じゃ勝手に動くとするか。 空見、お前僧侶や聖堂騎士と仲良かったよな?」


「え? 会話する程度の仲なんだけど……」



 ガンマの言葉が予想外だったのか、空見は目を白黒させる。

 ここ数ヶ月、空見は僧侶や聖堂騎士から勧誘を受け続けていた。

 最初は教会の武力である聖堂騎士の合同訓練に参加したのが始まりだった。

 その時に空見の光魔法と回復魔法の適性を見た聖堂騎士は、空見を有望な若者だと感じたらしい。



「まてよ? 聖堂騎士や僧侶……。そうか! 浄化魔法か!?」



 ガンマの言葉に空見が合点がいったという様子で叫ぶ。

 浄化魔法は低位のアンデッドを無条件に滅ぼす魔法だ。

 アンデッドは体をバラバラにされても動き回るほどのしぶとさを持っているが、低位のアンデッドなら聖なる力でたやすく滅ぼせたりもする。



「アンデッドってことは僧侶の浄化魔法で倒せるはずだ。今連中はどこにいるんだ?」


「すぐ近くの街で休んでいるはずだよ」


「空見、お前すぐそこにいる指揮官を捕まえてその街に急げ! 援軍を連れて来てくれ!」


「分かった」



 そういうと空見はガンマの指さした男を――実用性皆無な派手な鎧を着こんでオロオロしている中年を担ぎ上げると、街のある方向へと走り去っていく。

 最初、中年男は喚いていた様子だったが空見に何事かを耳打ちされると途端に大人しくなった。

 おそらく援軍を呼びに行くからついて来て欲しいと伝えたのだろう。

 援軍を呼ぶという大義名分を得て、危険な戦場から逃げられることに中年男はホッとした様子をみせている。



「さて、いつも通り仕事するか」


「ああ、まずは空見たちを離脱させないとね」


 薫は弾数無限の銃を構え、空見を襲おうとするアンデッドを打ち抜いていく。

 信太郎たちはアンデッドの大軍に囲まれているのだ。

 援軍要請する空見達を離脱させるのなら敵の囲いを破らねばならない。



「信太郎、マリを起こしてくれないか。全員で協力しないと生き残れそうにない」


「おーし! じゃ、マリを起こして来るぜ」



 そう言うと信太郎はマリのテントへと突っ込んでいった。



 ◇



「空見が僧侶部隊を率いてこっちに来る! もう少し待て!」


「全員気張れ! 援軍が来るぞ!!」



 千里眼を発動させているガンマが周囲に怒鳴り、それを聞いた周囲の兵士が伝言ゲームのように周囲に伝えていく。

 あれから一時間ほど経過していた。

 いつも通りガンマが千里眼で戦況を把握し、薫はその護衛。

 マリが念話魔法でガンマの指示を信太郎に伝え、信太郎は大暴れする。

 これを繰り返すことによって軍は全滅を免れていた。



 援軍到着の知らせに兵士の目に力が戻る。

 信太郎の助けがあったとはいえ、バラしても動き続けるアンデッドの大軍は厄介すぎた。まるで終わりが見えないのだ。

 僧侶や上位魔法の使い手がもっといれば話も違っただろう。

 残念ながらマリはほぼ魔力切れ、極大魔導師たる小向やエアリスは都市防衛に回されてこの場にはいない。

 おまけに今この場にいるアンデッドは外皮の堅い甲虫系の魔物ばかりだ。

 丈夫なうえに不死身を思わせるタフネス。

 必死に戦う兵士達だが、倒しても数が減らないことに心が折れそうになる。

 その時だった。



 突如、神聖な光の奔流がアンデッドを飲み込む。

 すると糸が切れたマリオネットのように敵が地面に倒れこんだ。



「僧侶の部隊か!」

「よっし! 助かったぞ!」



 魔物の一角を崩して現れた僧侶の部隊に生き残りの兵士たちは歓声をあげる。

 普段は火力にならない僧侶達でも、低位のアンデッド軍団にたいしては切り札になり得る。



「もう一度ターンアンデッドだ! 急げ!」


「「「はっ」」」



 壮年の司祭に率いられた僧侶たちは浄化魔法の一つ、『ターンアンデッド』でアンデッドを駆逐していく。まさに破竹の勢いだ。

 だれもがこれで終わると確信した時だった。

『ターンアンデッド』を喰らって倒れた魔物たちがゆっくりと立ち上がったのだ。



「なに? 効かなかったのか。おい! もう一度奴らに『ターンアンデッド』だ」



 それに気づいた司祭が皆にそれを知らせ、もう一度光の奔流を産み出し、魔物たちを飲み込んでいく。

 自信を持って放った浄化魔法だが、光が収まって僧侶らが見たのは浄化魔法をものともせずに突っ込んでくる魔物の大軍だった。



「バカなっ! 何故効かん!?」



 信じられない事態に、僧侶の一人が驚きの声を上げる。

 明らかに致命傷を受けていることから、あの魔物が死んでいることは、アンデッドであることは間違いないはず。

 高位のアンデッド――リッチや吸血鬼ならまだしも成り立てアンデッドが浄化魔法に抗えるはずがないのだ。

 再度、浄化魔法を放つ僧侶たちだが、まるで効果はない。



「そんなバカなっ……!?」

「まずいですぞ! ここは逃げねば!」



 慌てて逃げようとする僧侶たちだが、友軍から孤立し、完全に囲まれている状態だ。

 そのまま魔物の波に僧侶達は飲み込まれてしまった。

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