第63話 意外な決着
「ゴアアアアァッツ!!!」
城塞都市の郊外にて、タラスクは滅茶苦茶に暴れ狂っていた。
その暴れっぷりは凄まじく、山のような巨体を、巨大な頭部を何度も大地に叩きつけ、その度に縦揺れの地震が発生するほどだ。
そんなタラスクの頭上で吼える者がいた。
信太郎である。
「どりゃあぁっ!!」
信太郎は一発一発が爆撃のような拳を機関銃の如く打ち込んでいた。
タラスクが暴れているのも自分の頭に張り付く脅威を振り落とすためだ。もちろんそんな簡単に振り落とされる信太郎ではない。
信太郎はその馬鹿力でタラスクの甲殻に指を突き刺し、振り落とされないように固定しながらラッシュを繰り出し続ける。
信太郎が振り落とされるのが先か、あるいはタラスクが頭を割られるのが先か。
どう転ぶか分からない戦況の変化は意外にも早く訪れた。
信太郎の馬鹿力でもすぐには砕けなかった硬い甲殻が砕け散り、赤く分厚い筋肉の壁が露わとなったのだ。それを見逃す信太郎ではない。
「どっせいぃっ!!」
剝き出しの部位に向かって渾身の一撃をお見舞いする信太郎。
信太郎の腕が肩まで埋まるほどの一撃は強烈はタラスクの脳を揺らし、激痛に叫ぶタラスクは数世紀ぶりに恐怖する。
死を身近に感じたのだ。
「うお~! このまま掘り進んでやるぜぇっ!」
信太郎が剥き出しになった分厚い筋肉の壁をぶち破っていくと、凄まじい水流が発生し、押し流されそうになる。
「もう流されねぇぜ!」
信太郎はタラスクの傷口を押し広げると、中に入り込む。人というよりもはや獣や寄生虫のような戦いっぷりである。
水流だけでは対処できないと悟ったのか、タラスクは巨大な霧鮫を作り上げる。
その大きさは軽く10メートルを越しているだろう。
ほんの一瞬、信太郎は巨大な霧鮫に目を向けるが、すぐにタラスクに頭の筋肉をひり始める。一目で脅威ではないと本能で察したのだ。
しかしタラスクの狙いは信太郎ではなかった。
「お!?」
信太郎は思わず驚きの声を上げた。
巨大な霧鮫は大口を開けて丸呑みにするような形で信太郎の周囲ごと――タラスクの肉に食らいついたのだ。
そのままタラスクの肉を食いちぎり、信太郎ごと丸呑みにする。
タラスクは傷口に入り込んだ信太郎を除去するために、使い魔に自身の肉ごと食い千切らせたのだ。
力だけなら間違いなく信太郎の方が強いが、賢さはタラスクの方が数倍上だった。
「おぉっ! 逃がすかコンニャロー!!」
飲み込まれた信太郎はワンパンで霧鮫に風穴を開けて飛び出すが、タラスクの行動の方が早かった。
タラスクは腹の下に竜巻を発生させて急上昇すると、普段の優雅に空を泳ぐ姿からは考えられないほどの動きを見せて逃走を始めたのだ。
「おい、タラスクが逃げていくぞ!?」
「あ、あのタラスクが逃げただと……」
災害級の魔物が慌てて逃げ出す様を見て、兵士達も呆気にとられる。あり得ない事態に呆ける兵士達。
そんな彼らを現実に引き戻したのは上官の叱責だった。
「なにボケっとしている!? さっさと被害状況を調べろ! 斥候は飛竜に乗ってタラスクの行動を探れ。引き返してくるようならすぐに報告するんだ。ほら、さっさと動け!」
兵長のソルダートの怒声によって、固まっていた兵士達が慌てて動き始める。
そんな中、右往左往する兵士の波をかき分け、一人の男がソルダート兵長の前に姿を現す。
その男に見覚えはなかったソルダート兵長だが、男の服が街に在籍する魔導士部隊のものだと気づく。
「何か問題でも起きたのか?」
「さっきの黒い渦! アレを見ましたか!?」
ソルダート兵長の問いかけに男は興奮した様子でまくし立てる。
そんな男とは対照的にソルダートは冷めた様子だ。
「……何であろうといいんじゃないか? 」
「で、でも兵長! あれはおそらく闇魔法ですよ……!」
「だろうな。だがアレがなければこの街の被害は甚大だった。違うか?」
「そういうわけには……。これは上に報告せねば!」
報告に行こうとする兵士の腕をソルダートはがっしりと掴んで引き留めると、硬い表情で耳元に口を近づける。
「今この街にいる司祭がまともに取り合うと思うか?」
まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような声色を出すソルダート。
城塞都市モリーゼにて、最高位につく教会関係者には良くない噂が多い。
出世のためなら何でもするあの老人ならば、街を救った英雄であろうと異端審問官に差し出すだろうとソルダートは考えていた。
そうなればあの少女が目をつけられる間違いない。
あれほど強大な魔法を操れるのは例の魔道戦姫――リリアという少女しかソルダートには思いつかないし、周りもそう思うだろう。
そうなれば彼女は壊されてしまう。
なにせソルダート兵長が知る限り、まともな異端審問など一人もいないからだ。
まず間違いなくおもちゃにされるか、あれほど美しい娘ならば権力者に差し出されるだろう。
だがリリアという少女はソルダート兵長と彼の部下の命を救ってくれた恩人だ。
彼女が出撃の際、何度も初っ端に極大魔法を使ってくれたおかげで兵士の死傷率が例年の半分以下に下がっている。
そもそも戦が終わっていないのに、あれほど腕の良い魔導士を切り捨てるわけにはいかない。
「我が軍の死傷率を減らしてくれた者を売るというのか? あの者が異端審問にかけられれば残りの戦でどれだけ人が死ぬのか分からんか?」
ソルダート兵長の言葉にその男はハッとした顔つきになる。
どうやら報告した場合のデメリットに気づいたようだ。
「それでいい。報告はこちらでやっておく。余計なことは言うなよ?」
若い魔導士に向かってソルダート兵長は笑っていない目つきで微笑んだ。
◇
「ちくしょう! マジでふざけんなよ!!」
薄汚い下水の中で粕森は悪態をつく。
彼は今、洗脳したチンピラ達と下水道を進んでいた。できるだけ汚物に触れたくないのか、チンピラ達に自分を神輿のように担がせている。
少し前まで霧鮫によって守られていた粕森だが、思わぬ強敵の出現により霧鮫がタラスクに呼び戻され、一人きりになっていた。
幸い火事場泥棒のチンピラたちと出会い、彼らを洗脳することで事なきを得たが、粕森の機嫌は過去最低だった。
数パーセントの幸運で格上の魔物――タラスクを手駒にできたというのに洗脳が解けてしまったからだ。
おまけにたいして街に被害を与えることなく逃亡したせいで、混乱に乗じて脱出することもできない。
おかげでこんな臭い下水道を、ムサい不細工なチンピラと進む羽目になっていた。
「おい、出口はまだかよ! このウスノロがっ!」
「旦那、申し訳ねぇ。もうすぐでさぁ!」
苛立つ粕森はチンピラの頭を小突き回す。
本来ならこんな扱いを受けたらブちぎれること間違いなしのチンピラだが、洗脳によって変えられてしまった彼らは満面の笑顔を浮かべていた。
「旦那、あの光をご覧くだせぇ!」
「外の光ですぜ!」
先頭を行くチンピラの指差す方向に光が降り注ぐ場所が見える。
それは暗い下水道で、まるで天からの救いの光のように一際目立っていた。
「さっさと出るぞ! 臭くてたまんねぇよ」
「へい!」
粕森に足蹴にされるチンピラは息を切らして出口へと進む。
休憩なしで下水道を駆け抜けたせいで、このチンピラたちの体力は限界だ。
いつ倒れるか分かったものではない。
(コイツら使えねぇ! さっさと代わりを探さねぇとな)
下水道を封鎖する鉄格子のカギをピッキングで開けようと手間取るチンピラを見て、粕森は忌々しそうに舌打ちをした。
◇
「あ~、ようやく外か。風呂入りてぇ。おい、例の場所は近いのか?」
下水の臭いが染み付いたことに嫌そうな顔の粕森がチンピラたちに問いかける。
歩くのが嫌なのか、未だに神輿のように担がれたままだ。
「へぇ、こっから少し離れた所にありやす」
「森の中に密貿易に使う小屋があるんでさぁ。そこには物資や馬もありやす。それで国外に高飛びしましょう!」
このチンピラたちは城塞都市の密売人でもある。下水道を使って街の中に禁制品や関税の高い物を運び込む彼らの存在は、粕森にとって渡りに船だった。
高飛びに成功したら速攻で切り捨てようと思ってようだが。
「案内しろ」
「へぇ、喜んで……ん?」
「何だぁ、こりゃあ? 妙に暑ぃな」
粕森を担いで森へと進もうとするチンピラは怪訝な顔つきになる。
周囲の温度が急激に上がったからだ。
あまりの高温に汗まみれの体から汗が瞬時に蒸発するほどの熱量だ。
その直後、彼らは灼熱の炎に包まれ、絶叫した。
◇
「やったのかい?」
「たぶんな。死体は蒸気のせいでまだ確認してないが……」
城塞都市モリーゼのとある民家の屋根で三人の男が顔を見合わせていた。
ガンマと空見、そして薫の三人だ。
粕森を探しに潜伏場所と思われるポイントへやってきたガンマ達だったが、霧に潜む多数の霧鮫によって近づくことすら出来なかった。
攻めあぐねる三人だったが、タラスクが何かと戦闘を始めると急に霧が薄くなり、霧鮫の数も見当たらなくなったことに気づく。
思わぬ強敵にタラスクが霧鮫を呼び戻していることに気づいた三人はガンマの千里眼で周囲を索敵することにした。
予想外の出来事に粕森は慌てて逃げるはず。
霧が街中から消えたおかげで使えるようになったガンマの千里眼ならばすぐに見つかるはずだった。
予想に反して粕森の動向が掴めず焦っていた三人だが、住人から下水道付近に怪しい男たちが向かったという情報を掴み、ガンマの千里眼で街の外に通じる下水道をチェックすること数分。
ようやく粕森を補足することに成功し、今に至るという訳だ。
「しかし魔眼の同時使用なんていつ出来るようになったんだ?」
タバコを吹かす薫が珍しく感心した様子を見せる。
魔眼の同時使用によって疲れているのか、ガンマは目頭を軽く揉んでいた。
「成功したのは10日ほど前だ。連続使用はまだ無理だがな」
本来なら魔眼は対象を知覚しないと発動しないため、術者はある程度目標に近づく必要がある。
遠距離から一方的に攻撃できないものかとガンマが試行錯誤して出来たのが『千里眼』と『炎熱の魔眼』の同時使用だ。
一度同時使用するとしばらくクールダウンが必要だが、これによってガンマは超遠距離からの不意打ちが可能になった。
ガンマはこの奥の手によって粕森を仕留めたのだ。
ガンマは千里眼を発動し続け、油断なく粕森のいた場所を観察し続けている。
今のガンマの視界には炎熱によって蒸気を上げる草原が映り、徐々に白い蒸気が晴れていく。
その中で蠢くモノが見えた。粕森だ。
「あの野郎まだ生きてやがるっ!!」
ガンマが悲鳴に空見や薫も驚愕の表情を浮かべた。
空見達はガンマの『炎熱の魔眼』の威力を良く知っている。一般人がアレを受けて無事とはとても思えないからだ。
ガンマのあずかり知らぬことだが、攻撃する直前の異変に気付いたチンピラの一人が粕森を突き飛ばしていた。これによって粕森は致命傷を避けられたのだ。
「当たってなかったのか!?」
「……いや、当たってはいるみたいだ。両足が炭化しているしな」
ガンマの千里眼にはイモムシのように這いずって森へと逃げようとする粕森が見える。この速度なら間違いなく追いつけるはずだ。
「すぐ行けば追いつけるはずだ! 俺について来い!」
ガンマはそう叫ぶと街の外にある下水道出口へと駆け出し、空見達は慌てて後について行った。
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