第57話 包囲網2
「マリ、大丈夫だった!?」
「うん、どうにか……」
半壊したギルドの前で、合流したリリアが心配そうにマリの顔を覗き込んでいた。
口では平気そうだが、マリの顔色はあまり良くない。
貞操の危機だったのだから、それも当然だろう。
わずかに震えるマリは、信太郎の服を掴んで離さない。
体は問題ないが心の傷は甚大なようだ。
(……今日のマリは戦えそうにないわね)
震えるマリをそれを気遣う信太郎から目を放し、リリアはギルド前の人だかりに視線を向ける。
そこでは錬金術師のマスターが洗脳封じの護符を配り、ガンマが千里眼で粕森を探していた。
粕森出現を聞いた各国の代表たちの行動は素早かった。
おそらく粕森がその能力で町一つ滅ぼしていることが原因だろう。
魔王討伐の前に厄介事を片付けようと珍しく協力し合い、粕森の包囲網を作り上げていた。
ふとリリアが空を見上げると、雲一つない快晴の空をゆったりと泳ぐタラスクが見える。
今日はタラスクが町のそばを通過する日だ。
今まで一度もこの町は襲われたことがないらしいが、騒ぎすぎれば万が一のこともあり得る。
「大事になる前に済めばいいんだけど……」
胸騒ぎを感じていたリリアだが、マスターが手招きしていることに気づく。
どうやら捜査に進展があったらしい。
リリアはマスターの元へと足を進めた。
◇
「どういうことだ!」
ゴミだらけの裏路地に粕森の怒声が響く。
あの後、洗脳済みの金持ちの家へ逃げようとしたのだが、至る所に検問が敷かれていたせいで、通れなかったのだ。
もちろん洗脳を使って押し通ろうとしたのだが、何故か能力が弾かれてしまい、慌てて逃げ出し、今に至る。
「クソっ! どうして能力が弾かれる!? モブ野郎に弾けるはずがねぇってのによ!」
歯牙にもかけていなかった雑兵にも洗脳が効かず、苛立つ粕森は足元のゴミを蹴り飛ばす。
それを見ていた火傷男が素早く粕森に近づいて止めさせようと伸ばした手を、粕森は叩き払う。
「触るな!」
「粕森様、お静かに! 何か聞こえませんか?」
「あ?」
火傷男の言葉で、粕森は耳をすませた。
確かに何か音が聞こえる。
「これは――足音か!?」
しかも一人二人ではない。
少なくとも10人はいるだろう。
追っ手の足音が聞こえ、泣きそうな顔になる粕森の手を引き、火傷男は細い路地へと滑り込む。
そのまま路地から路地へと駆け抜ける粕森達だが、足音は正確に後をついて来る。
まるで目印でもあるかのようだ。
「何で分かるんだ!?」
「粕森様、あれを……!」
火傷男の指の先に、追っ手の先頭に犬が見える。
それを見た粕森は目を見開く。
「臭いを辿ってんのか!?」
粕森がマリに取り付けた魔封じの首輪には、粕森の臭いが残っていて、ガンマ達はその臭いを狩猟犬に覚えさせたのだ。
ガンマの千里眼と狩猟犬を併用した操作によって、粕森の居場所は完全に特定されている。
今も逃げる方向を誘導され、包囲網の中へと誘いこまれていることに粕森は気づいていない。
ここに火傷男さえいなければ粕森は成すすべなく術なく捕まっていただろう。
「粕森様、どうやら逃げる方向を誘導されているようです。このままでは捕まるのは時間の問題かと」
「何だと!? どうすりゃいいんだ!」
「私が片っ端から民家の扉を蹴破ります。粕森様のお力で町民を操り、至る所で暴れれさせるのです。その混乱に乗じて逃げ出しましょう」
それは外道ともいえる献策だ。
貴族による封建制度が敷かれたこの世界では、都市で暴れれば制圧の際に殺されることも珍しくない。
この世界出身の火傷男はそれをよく分かっている。
それを理解した上での発言だ。
今の火傷男は、洗脳によって主たる粕森の安全と幸福を第一に考え、それ以外は路傍の石にしか見えなくなっていた。
これが粕森に洗脳された者の末路だ。
「おぉ! それいいじゃん! さっそくやろうぜ! つーかさぁ、お前それもっと早く言えや!」
「申し訳ありません、粕森様」
外道ともいえる策を採用した粕森は、腹心の部下に感謝の言葉を述べるどころか苛立たし気に舌打ちをした。
◇
「おい! さっきから西の区画で大勢の暴徒が出てるって報告が来たぞ! もしや……」
「西の区画というと例の洗脳の能力を持つ犯罪者を追い立ててる場所だろ!?」
「洗脳封じの護符はどうした!? 使っていないのか!!」
「それが町中や検問所ではなく、民家に閉じこもった女子供を洗脳しているようで……」
兵士の報告に兵長のソルダートは絶句した。
粕森の洗脳能力は兵士達もよく知っている。
洗脳された女子供を暴徒として暴れさせれば制圧する兵士側としてもやり辛いことこの上ない。
合理的かつ効果的ではあるが、まともな神経ではできないことだ。
(抜かった……! 町一つ滅ぼした外道だということは知っていたというのに!!)
解決を急ぐあまり追っ手を増やしすぎた。
隠密に長けた精鋭にだけ後を追わせ、住民の避難を最優先にすべきだったとソルダートは歯噛みする。
「大至急全ての洗脳封じの護符を使って西区画を完全に囲い込め! これ以上被害を拡大させるな!」
「りょ、了解であります!」
ソルダートの怒声に縮みあがった兵士は慌てて作戦本部から飛び出していった。
◇
「さっそくやってきたか」
町の中央広場にある噴水の前に黒ずくめの男が立っていた。
魔眼使いのガンマだ。
ソルダート達のやり取りを魔道具で聞いていたガンマは小さく呟いた。
「……やはりこいつだけは生かしちゃおけないな」
決意を新たにするガンマの元に人影が2つ近づく。
錬金術師のマスターと魔導戦姫のリリアだ。
「ガンマ君、頼まれてたこと調べたよ。洗脳の力は赤ペンで囲った部分で使われているね」
そう言うとマスターはこの町の地図をガンマに差し出す。
その地図には町の西側に小さい赤丸がいくつも付けられている。
「あと洗脳された暴徒は至る所で暴れているけど、不思議と西門から離れているみたいだよ」
「確かか?」
「ああ、上空から確認させたから間違いないよ」
「なら……」
「ねぇ、ちょっと待ってよ。アンタ千里眼持ってるんでしょ? 何で見えなくなったのよ」
マスターとガンマの会話に、納得いかない表情のリリアが割り込む。
千里眼とは千里の先まで見通し、隠れているものなどを見通す能力を持った魔眼だ。
マリを襲った時に千里眼で補足したのなら、粕森が今どこにいるのか簡単に分かるはず。
訝しむリリアにガンマは面倒くさそうに口を開く。
「あんたや信太郎はマリに付きっ切りだったから知らんだろうがな、火傷の男が妙な呪物を出した瞬間、俺の千里眼が弾かれたんだ」
マリに信太郎やリリアがつきっきりだった時、ガンマは空見や兵長の前で粕森達の逃走ルートを口頭で教えていた。
そのおかげで犬を使った追っ手で簡単に包囲網を作る事が出来たのだが、粕森の従者である火傷男が懐から妙なモノを出した瞬間、視界が弾かれてしまったのだ。
「たぶん妨害系の魔道具だね。他にも未知の魔道具を持ってる可能性があるから気をつけないと。リリア、報告が遅れてごめんね」
「ああ、そういうこと……。厄介ね。潜伏場所は全く分からないの?」
「いや、この地図と洗脳封じで守られた検問、俺の千里眼で追えた部分を照らし合わせれば……」
「ここしかないね」
マスターがガンマの手にある地図の一角を指さす。
そこは西門にほど近いエリアだ。
「奴は騒ぎに乗じて西門から逃げるはず。ここで待ち構え、奴を仕留める!」
歯をむき出しにしたガンマは獣のような暗い笑みを浮かべた。
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