第56話 包囲網


「おい、一応聞くがここは安全だな?」


「断言はできませんが……この部屋には近づかないように言い含めてありますので、騒ぎすぎなければ安全かと」


「なら大丈夫か」



 火傷男からマリに向き直った粕森は、喜々として彼女の服を脱がそうと手を伸ばす。その直後、爆撃のような衝撃がギルドを震わし、粕森達は壁に叩きつけられてしまう。



「なっ、なんだ!? 襲撃か!?」


「分かりませんが一度逃げましょう!」



 床で目を回す粕森が怒声を上げた瞬間、火傷男が粕森を抱え上げると、ドアへと目を向ける。

 衝撃のせいでドアは歪んでいるが、木製のドアなど蹴り破るのは容易い。

 雨のように降り注ぐ瓦礫の中、火傷男がその全てを切り払いながらドアを目指す。

 ドアに手をかける火傷男に、粕森が慌てて声をかけた。



「お、おい! 女は置いて行く気か!? 回復魔法の使い手なんてこの先会えるかどうか分かんねーんだぞ!」



 粕森の言葉に火傷男はわずかに悩む。

 安全を最優先するならこのまま粕森を連れて逃げた方が良い。

 足元に転がり、気絶しているマリーとかいう女の能力は魅力的だ。

 悩んだ末に、火傷男はマリを抱え上げようとする。

 それが運命の分かれ道だった。



「おい。何やってんだ?」



 火傷男が天井からかけられた声に首を上げると、天井に空いた穴から見下ろす少年が一人立っていた。

 整った顔立ちだが、悩みなど何も無さそうなその顔つきは、どこかアホっぽくも見える。だが歴戦の戦士である火傷男は気づいていた。



(この少年、只者ではないな……。追っ手か? それとも様子を見に来ただけか?)



 どういう対応をするべきか、火傷男は必死に頭を働かせる。

 下手な応対が命取りになると感じたからだ。

 だがその前に粕森が先に反応した。



「何やってんだ!? は、早く逃げろぉっー!!」



 信太郎の顔つきはどうみてもアジア人に見える。

 ゆえに信太郎が転移者であることに、粕森は気づいたのだ。

 粕森の叫びに誤魔化すのが不可能になったと感じた火傷男は、ドアを蹴り破って一目散に逃げ出していく。



「待て! 逃がさねーぞ……お!? マリ大丈夫か!?」



 天井から飛び降りた信太郎も彼らを追おうとするが、気絶したマリに目を止め、慌てて抱き上げる。

 猿ぐつわを外し、軽く肩を揺らすが目覚めない。



「ど、どーする!? 医者に行けばいいのか? それとも……」



 気絶したマリの前で、信太郎はオロオロと狼狽える。

 知能までベヒーモス並みになってしまった信太郎は、こういう事態に弱い。

 戦闘なら本能任せでどうにかなるが、こういう時だと優先順位がつかないのだ。

 その時、ギルドにさらなる衝撃が走った。

 来賓室の壁が砕け散り、破片が飛んできたので、慌てて信太郎はマリに覆いかぶさる。そして険しい顔つきで壊れた壁を睨む信太郎だったが、すぐに表情を軟化させた。



「その匂いは……空見の兄ちゃんたちか!」


「どういう鼻してんだよ」


「無事かい!? 信太郎君!」



 壊れた壁から乗り込んできたのは、ガンマ、空見の2人だ。

 ギルドからマリだけ呼ばれたのを不審に思った空見は念のため、ガンマに『千里眼』でマリを見守らせていた。

 そして粕森が現れたのを確認すると、ガンマは小向やエアリスに事情を伝えて、すぐに宿を飛び出してきたのだ。

 ガンマたちは信太郎の元へと駆け寄ると、空見がマリの手首に指をあてて脈を確認する。



「脈はあるし、呼吸もしている。ガンマ君、一応他に外傷がないか確かめてくれ」


「今やっている!」



 ガンマは『鑑定の魔眼』でマリの状態を確認すると、ほっとした様子で息を吐く。



「外傷もない。ただ気絶しているだけだ」


「お! マジか? 良かったぜー!」



 信太郎は子供のように無邪気な顔でマリを抱きよせる。

 それをホッとした様子で見ていた空見の肩が叩かれ、振り返ると、そこには鬼気迫る表情のガンマがいた。

 その目は血走り、危険な光が宿っている。

 それを見た空見は気づいた。

 マリを襲ったのはガンマにとって因縁の相手――粕森で間違いないと。



「万全を期した方がいい。もし逃げられたら……」


「逃がさねぇよ」



 釘をさすような空見の言葉を、ガンマは短い言葉で切り捨てる。

 そんなガンマの肩へ小鳥のようなモノが飛んできた。

 クチバシに何かを咥えたそれは小鳥型のゴーレムで、あの錬金術師の作った作品だ。ガンマは小鳥のクチバシから紙の端切れを受け取ると、ざっと中身に目を通す。

 そして顔を上げたガンマは、空見の前で獣のような笑みを浮かべた。



 とても攻撃的な笑みに、空見はごくりと唾を飲む。

 誰がどう見ても笑っているようには見えない、牙を剥き出しにした獣を思わせる笑みだ。そんな空見に気づいていないのか、ガンマは嬉しそうに口を開く。



「空見、関係各所に粕森出現の連絡が届いたみたいだ」


「それじゃあ……」


「ああ、あの外道狩りの時間だ」



 どこか狂気すら感じるガンマを、空見は心配そうに見つめた。



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