第55話 呼び出し
「え、ギルドが私を呼んでる?」
「はい、上司が確認したいことがあるとかで……。ギルドまでご足労願えますか?」
宿の食堂で、食後のハーブティーを飲んでいたマリは目を丸くしていた。
ギルドから呼び出しなど始めてだからだ。
思わず、自分は何かをやってしまったのかと不安になる。
「お? ギルド行くのか? じゃあ俺も行くぞ」
不安そうなマリに、信太郎が同行を申し出る。
ここ最近、治安が悪いため、マリの身を案じたのだ。
また錬金術師から「洗脳能力者が近くにいるので注意せよ」と連絡があったこともある。
「シンタロー様、困ります。上の者曰く、内密に確認したいとの話ですから」
「お? 外で待ってちゃダメなのか?」
「ご遠慮願えませんか? 私が上の者に怒られてしまいます……」
ギルドの職員は困り顔になり、それを見たマリの良心が痛む。
(見覚えのあるギルド職員だし、嘘ではないと思うけど……)
「じゃあ、ギルドの外で待ってるのはどうだい?」
1人で行ってこようかと迷うマリの耳に空見の声が届く
そばで見ていた空見が口を挟んだのだ。
なお拒絶の色を見せる職員に空見は言葉を続ける。
「最近治安が悪いでしょう? あくまで道中の仲間やあなたを守るためです。さすがにギルドの外なら問題ないでしょう。違いますか?」
しばし考えこむ職員は、深くため息を吐く。
そして仕方なさそうな顔つきで口を開いた。
「分かりました、ではお二人ともギルドへどうぞ。
ただし、シンタローさんは外でお待ちくださいね」
ギルド職員はほんの少しためらったが、信太郎の同行を許した。
さっそくギルドへ向かおうと急かしてくる職員に気づかれないように、空見が信太郎の耳に顔を寄せる。
「信太郎君、念のためマリさん達の会話を盗み聞きして、何かあったら……」
「お? 任せろ! 必ず助けるぜ」
空見は信太郎の言葉に安心した表情を浮かべると、二階の階段へと足を向けた。
念のため、ガンマの『千里眼』でマリ達を追跡するために。
◇
「マリさんはこちらのお部屋でお待ち下さい」
マリが通されたのはギルドの一室。
ここは貴族をもてなすために作られた来賓室だ。
高価そうな美術品が並ぶ部屋のせいか、妙に落ち着かない。
マリは革張りのソファーに腰を下ろす。
(一体なんの話だろ?)
いつもの皆と引き離されたことなどほとんどない。
心細い気持ちになったマリの耳に足音が聞こえてくる。
背後で扉が開いた音がして、マリは視線を向けると、そこには2人の男がいた。
軽薄そうな男とその護衛らしき火傷をした男――粕森たちだ。
「へえ、結構かわいいじゃん! 体つきも悪くない」
軽薄そうな男は、舐めるような視線でマリの胸元や腰つき、お尻の辺りをチェックしている。
その好色な目つきにマリは鳥肌が立ち、震える声で言葉を絞り出す。
「あの……どちら様ですか? ギルドの方を待っていたのですが……」
「いいね! その怯えた表情も最高だ」
――話が通じない!
マリは不安そうに椅子から立ち上がり、身構えた時に気づく。
(粕森って言う人相書きに似ている……? まさかこの人が!?)
マリは慌てて魔法を放とうと杖を向けようとするが、それはあまりに遅すぎた。
「おい、やれ!」
「承知」
「っ!?」
風のように突進してきた火傷男に、マリは杖を叩き落され、鳩尾に強烈な一撃をぶち込まれた。
そのまま、首に妙な首輪を取り付けられてしまう。
これは粕森が手に入れた『魔封の首輪』という魔道具で、身に着けた魔導士を魔法を封じるものだ。
ただし、魔導士の力量によって無力化できる時間が決まっていて、上級魔導士なら一時間も持たない。
だが、洗脳するまで無力化できればいい粕森とってはそれで十分だ。
苦しげに喘ぐマリの髪の毛を掴んでマリの顔を上に向けると、粕森は満面の笑みを浮かべる。
「今日からお前は俺のモノだ」
満足そうに微笑む粕森だが、すぐに怪訝な表情を浮かべる。
「なんだ? 能力が弾かれてる? 意味分かんねーぞ!?」
余裕そうな表情が崩れ、粕森はヒステリックに叫びだす。
自分の洗脳がマリに通じなかったからだ。
粕森は勘違いしているが、マリは現地人ではなく、転移者である。
そして粕森の洗脳は転移者や英雄には通じない。
再びマリの顔つきを見る粕森。
茶色の髪の毛に青い瞳、そして彼女の顔立ちはハーフっぽく、どうみても現地人らしい顔つきだ。
(この女は転移者じゃねぇ……。力量もそこまでではない。なら精神力が強いのか?)
日本人らしくないマリの顔立ちを見て、精神力が高いから効かないのだと誤解したようだ。
そこまで考えて、粕森の顔が醜く歪む。
ならばこの女の心を手折ってやればよいだけだ。
醜悪な笑みを浮かべる粕森はマリの豊かな胸を鷲掴み、マリの顔が恐怖に歪む。
「だ、誰かぁ!」
叫び声をあげようとするマリだが、護衛の火傷男に猿ぐつわをつけられてしまう。
か細い声をあげたところで、気づくものはいないだろう
超人的な身体能力を持つ、この男を除いては。
「お? マリの悲鳴……?」
ギルドの前でボケっとしていた信太郎の耳に、助けを求めるマリの声が届いた。
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