第49話 破れないパンツが欲しい
「信ちゃん!? どうしてそんな姿なの!?」
マリの悲鳴が周囲に響く。
数日ぶりに再開した信太郎が、ボロ布を腰に巻いた姿だった事が驚きのようだ。
「お? 俺もよく分からないんだ。いつの間にか全裸になっててさ」
「どういうことなの!?」
本当にどういうことなのか、宿の人も気になるようで信太郎たちを遠巻きに見つめている。
それが恥ずかしく感じたのか、薫が嫌そうに口を開く。
「お前ら、声落とせって。恥ずかしいだろ」
それで回りを見る余裕ができたマリが顔を赤らめる。
もっとも信太郎は周囲の視線を全く気にしてないようで、マスターの姿を見ると、顔をほころばせて駆け寄る。
「お? マスター来てたのか! 俺、欲しいものがあるんだ!」
「ん? 何が欲しいんだい?」
「パンツ作ってくれ! 俺もうパンツねーんだよ。できれば破れないパンツかズボンが欲しいんだ」
信太郎の言葉にマスターの表情が笑顔のまま凍り付いた。
マスターは引きつった笑顔で、遠慮がちに口を開く。
「えっと、パンツって下着の? お店で買えるんじゃ……」
「なんかゴワゴワしてて逆に落ち着かねぇんだ。てかさぁ、バトル漫画の主人公とか服がボロボロになってもパンツだけは破けないだろ? なのにどうして俺はすぐ全裸になるのか不思議でなー」
マスターは狐に摘ままれたような顔つきで首を傾げる。
どうやら信太郎の言葉に困惑しているようだ。
見かねたガンマが助け舟を出す。
「えっとさ、つまり頑丈な装備が欲しいってことだと思うぞ」
「そ、そういうことならこれはどうかな?」
まだ硬い笑顔のマスターが取り出したのは丈の長い短パンだ。
日本で言うなら七分丈の茶色いハーフパンツという物だろう。
さらに明るいブラウンのベストも一緒にテーブルに置いた。
信太郎はテーブルに置かれたハーフパンツを手に取って、しげしげと眺める。
「お? この服は破れねぇのか?」
「よほどの事じゃない限り破れないとは思うよ。牛頭のデーモンの皮で作ってあるし。性能はいいんだけど、縁起が悪いって理由で誰も欲しがらないんだ」
牛頭という単語にマリや薫は嫌悪感を感じ、表情を硬くする。
牛頭のデーモンというのは牛の頭を持つ巨人で、人肉に強い興味を持つ魔物だ。
マリ達はこの数か月の間に、牛頭に食い殺された人々を嫌というほど見てきた。
彼らにとって牛頭の皮で出来ているこの服はとても気味が悪く感じる品だった。
信太郎は何も気にしてない様子だったが。
「おーし! ズボンはゲットしたぜ」
いそいそとズボンを履こうとする信太郎。
短パンにベスト、あとは麦わら帽子でもあれば、海賊王を目指す男になれるだろう。
着替えようとする信太郎にマリが慌てて声をかける。
「えっと、信ちゃん。それ牛頭の皮で出来てるみたいだけど……平気? 気味悪くないの?」
「お? 別になんも感じねーけど……。あっ、そうだ。マスター、パンツはねーの?」
思い出したかのようにパンツをねだる信太郎に、マスターは苦笑いを浮かべる。
そしてベルトに取り付けられたポーチから畳まれた布を取り出す。
ポーチよりも大きな品物を取り出した小さなベルトポーチへとガンマの視線が突き刺さる。
(これは収納系の魔道具か? これも欲しいな、後で交渉してみるか)
「お! これって……!」
そう考えるガンマの前で、その布を広げた信太郎が驚いたような声を出した。
◇
その頃、城塞都市モリーゼの中に一組の男女が降り立った。
1人は赤いローブを着た可憐な少女で、年齢は10~12才くらいだろうか。
そんな小柄な少女は肩に担いでいた青年をそっと地面に下した。
「大丈夫ぅ? 下衆いおにいちゃん」
「だから下衆いって言わないでくれよ……。しかし嬢ちゃんは本当にとんでもないな」
男は疲れ切った様子で呟く。
その表情には恐れも多く含まれている。
この少女――アリスは男を担いで城壁を一息で駆け上がったのだ。
この世界の住人の身体能力でも同じ事が出来る者は少ないだろう。
(やっぱりこいつはとんでもねぇな。ダメ元でアレやってみるか?)
男が自身の能力を使おうとした瞬間、アリスが笑みを浮かべた。
誰がどう見ても笑って見えるが、同時に獣の威嚇にも見える笑顔だ。
「ねぇ、その能力は通じないって言ったよねぇ? どうしてもって言うなら使ってもいいけど……。不愉快だしぃ、手足の一本は貰っていくねぇ」
可憐ではあるが、その笑顔の裏に殺意を感じ、慌てて男は平謝りする。
「す、すまねぇ! ちょっとふざけただけだって! 本当にごめんな! あと俺の名前そろそろ憶えてくれない? 下衆いお兄ちゃんじゃなくて、俺の名前は粕森だって!」
そう、この男の名前は粕森。
かつてガンマやマモルの活動していた町を滅ぼした転移者がモリーゼの町へと現れたのだった。
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