第48話 新しい装備


「イラスト通り作ってきましたけど、こんな感じですか?」



 城塞都市モリーゼの宿屋で、錬金術師――マスターはテーブルの上に装備を並べていく。

 茶色いテンガロンハット。

 黒いコートとベスト、革製のズボン。

 それは西部劇のガンマンが着るような衣服だった。

 衣服を手に取った薫は満足そうに微笑む。



「最高だね。いい仕事するじゃない」


「鬼熊の素材を加工して、様々な魔法を付与したのでかなり頑丈ですよ。ただし、前にお話したように中級魔法までしか防げないので、高位の魔導士には注意して下さい」


「分かってるって」



 装備が相当気に入ったのか、薫はコートや帽子を愛おしげに撫でまわす。

 この男にしては珍しいことだ。

 思わずマリが口を開く。



「薫さん、それすごい気に入ったんですね」


「ああ、俺は西部劇が好きでね。こんなの欲しかったんだ」



 珍しいことに、薫は素直に喜びを表した。

 そんな薫の前に錬金術師が大きな包みを差し出す。



「これは空見さんに渡して下さい」


「え、これって?」



 薫が包みを開けると、中には手甲や足甲、兜に胸当てが一式入っていた。

 どうやら軽量化された騎士鎧のようだ。



(空見も防具を注文してたのか? そんな話は聞いていないけど……)



 本人に確かめたいが、空見は少し前に討伐から帰ってきたばかりで、眠ったばかりだ。わざわざ叩き起こすのも悪いだろう。

 そう思う薫の前で、錬金術師が防具の説明を始める。



「これも防御能力がかなり高いですが、雷属性にかなり弱いので注意するように伝えてください」


「……分かった。伝えておくよ」



 色々と思うところはあるが、この錬金術師の腕前はかなりのものだ。

 少なくともこの辺りの鍛冶師よりはるかに良い腕をしている。

 くれるというなら遠慮なく受け取った方がいい。

 薫は張り付いた笑みを浮かべて装備を受け取った。




「マリにはこれをあげるわ。昔あたしが使ってたもので悪いけど性能は悪くないわ。

 下級魔法に呪いの無効、対物理結界も付いていて中々便利よ」


「こんな良い物頂けるんですか? ありがとうございます!」



 薫たちの隣のテーブルで、マリはリリアからローブを手渡されていた。

 どうやらリリアのお古らしい。

 広げてみると明るい茶色のローブで、なんか良い匂いがする。

 マリはローブに鼻をうずめて匂いを嗅ぎたくなるのをグッと堪えた。

 マリには信太郎の衣服の匂いを嗅ぐ習慣があるので、時々人前でやってしまいそうになる。



(危なかったぁ! また人前でやりそうになっちゃった。バレないようにしないと!)



 気をつけねばならないと気を引き締めるマリだが、すでに周囲にはバレている。

 すでに残念美人の名前で呼ばれていることにマリだけが気づいていないかった。



 ◇


「マスターさん、来てたのかい」



 その声にマリが振り返ると、階段からガンマが降りて来た。

 以前に比べると、だいぶやつれた顔をしている。

 どうやら親友であるマモルの死がだいぶ効いたようだ。

 後ろには心配そうな顔つきの小向とエアリスの姿が見える。



「例の透明化の魔道具の件だけど……」


「その話だけど、やっぱり材料がないとどうにもならないよ」



 ガンマの言葉をすまなそうな顔つきでマスターが断る。

 その時、ガンマはマスターのわずかな表情の変化に気づく。

 幼少期に家庭の問題で、親戚の家をたらい回しにされていたガンマは人の嘘を見抜くのがうまい。



(作ろうと思えば作れるって所か? コストの問題……いや、完全には信頼されてないってことか)



 考えてみれば当然の話かもしれない。

 透明化の魔道具があればいくらでも悪用できる。

 例を挙げるなら覗きや盗み、そして暗殺だ。

 それが自分に向く可能性を考えれば、透明化の魔道具を軽々しく人に与えないというのは理解できる。



 なによりガンマはある事に気づいている。

 この錬金術師――マスターは防具ならすぐ作って人に与えるが、武器は中々作らないことだ。

 おそらく人を選んでいる。

 それも自分たちとは敵対しない、信頼のおける者にだけしか武器を作っていない。

 先ほどの会話を階段で聞いていたが、薫たちの貰った装備は頑丈だが、魔法には弱く作られている気がした。


 ――万が一敵対しても倒せるようにか?



 少し邪推しすぎたかもしれないと、ガンマは頭を振ってその考えを追い出す。

 ガンマにはこの錬金術師が何を考えているか分からないが、今は敵対すべきじゃないということだけは分かる。



(透明化の魔道具はもうちょっと信頼を稼いでからの方がいいか)



 方針を決めたガンマは話題を切り替えることにした。



「……なら、以前頼んでいたアレは?」


「それならもう作りましたよ」



 そういうとマスターはポケットから護符を何枚か取り出す。

 どんな効果を持った物なのか、疑問に感じたマリが口を開く。



「これってどんな効力を持ってるんですか?」


「洗脳を防ぐやつさ。これで粕森の能力を防げる」



 マリの疑問に、暗い笑みを宿したガンマが答える。

 粕森というのは洗脳能力を持った転移者のことで、かつてガンマのいた町を半壊させた犯罪者だ。

 あの日以来、ガンマは対粕森用のアイテムを探し続けていた。

 粕森の能力は転移者や英雄クラスの者には通用しないが、ただの一般人にとっては抗いようもないチートだ。

 以前逃げられた時のように、非戦闘員を神風特攻させてくるあの外道戦術だけは防ぐ必要があった。



 そんな訳で、ガンマは腕の良い錬金術師であるマスターに粕森対策の道具を依頼していたのだ。

 これが洗脳を防ぐアイテムかと、ガンマは護符を手に取って確かめる。



「使い方は簡単、破くだけです。一度破けば周囲に魅了や洗脳を防ぐ結界が張られます。ただし呪いを防げるのは人族のみです。魔物まではさすがにカバー出来なくて……」


「十分さ」



 これがあれば粕森の力を押さえ込むことができる。

 奴が同じことをしようとしても、あの悲劇は防ぐことができるはずだ。



(後は奴を見つけるだけだ……)



 思いつめた様子のガンマに、どういった言葉をかけていいか思い悩むマリ達の耳に、聞き覚えのある吞気な声が届いた。



「あ~! 腹減ったぜ! みんないるかー?」


「この声は……信ちゃん! お帰……ええぇぇっ!!?」



 真っ先に反応したマリは、宿の玄関へと視線を向け、腰巻一丁の信太郎の姿にマリ絶叫した。


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