第46話 信太郎VSリッチ



 伝令を受けた上層部は慌てて布陣を敷く。

 上官たちも信太郎の索敵能力を信じていたが、あまり時間がなかったので、急ごしらえの陣しか敷けなかった。

 それでも不意打ちされるよりはだいぶマシだろう。

 森の手前で待ち構える軍の前に、森から青白い影が大量に飛び出してくる。



「くそ! 死霊の群れか」



 森から出てきた怪物を前にして、指揮官たちは舌打ちした。

 今の時代はどこも死体が溢れている。

 あの死霊の群れもどこかの戦地から湧いたのだろう。

 群れの総数はせいぜい100といったところだ。

 数は大したことないが、死霊系の魔物には物理攻撃が通用しない。

 魔導士に働いてもらうしかないだろう。

 幸い、先の戦闘では魔導士は魔法を使っていないので余裕はあるはず。

 ただ一つ問題があるとすれば……。



 指揮官の目に映るのは、一際大きな死霊だった。

 錫杖を持ち、王冠を被る死霊といえば奴しかいない。

 死霊の王、リッチ。

 一匹しかいないが、その力は脅威だ。



(奴をどうするか……)



 思い悩む指揮官の前に、一人の少年が進んでいくのが見えた。

 当然、信太郎だ。

 信太郎は肩越しに指揮官に視線を向ける。



「貴族のおっちゃん! あのデカい奴、強ぇんだろ? アレは俺がやるからみんなは他のを頼む!」


「は? いや、それは構わんが……。お前、対抗手段はあるのか? あいつには魔法や属性武器しか通じんぞ」



 その言葉を受けて、信太郎は自信ありげに微笑む。



「昔、俺の父ちゃんが教えてくれたんだ。物事は気合があればどうにかなるってな! つまり気合を入れればどうにかなるはずだぜ!」


「はぁっ!?」



 驚く指揮官の声を背に、信太郎は突撃する。

 そのあまりの速度にリッチは反応できなかったのか、棒立ちで攻撃が直撃……せずにすり抜けた。

 気合があってもさすがに駄目なようだ。

 しかし信太郎は諦めなかった。



「うおおぉぉっ!! 気合いだぁっ!! 」



 何度もリッチへ突撃を繰り返す信太郎。

 当然ながら、そのすべてがすり抜けてしまう。

 だというのに、信太郎はめげずに音速越えの剛腕をぶっ放し続ける。

 たまらないのは他の兵士だ。

 音速越えの衝撃波が絶えず吹き荒れて、まともに立つことすらできない。

 他の死霊も信太郎の暴れっぷりに驚いているため、まだ兵士の被害は出ていないが、攻撃が始まれば全滅もありうる。



「ちょっ! おい! 誰かあのバカを止めろぉっーー!!」


「無理です! 近づけないし、声も爆音でかき消されて……!!」



 貴族の指揮官が叫ぶが、その声さえも信太郎の暴れる音でかき消されて、軍は完全に混乱状態に陥っていた。

 舌打ちしながら、貴族の指揮官はリッチを観察する。

 信太郎の攻撃に全く反応できていない。



「あのバカガキに有効打があれば勝てる……!!」



 貴族は自分の腰からナイフを鞘ごと抜く。

 それはミスリル製のナイフで、火属性が付与された逸品だ。

 少なくても金貨30枚の値打ちはあるだろう。

 腕の良い鍛冶師にイチャモンをつけて、安く買い叩いたお気に入りだ。

 本当は誰にも使わせたくないのだが、この状況を乗り切るのはこの愛剣を貸す以外にない。



「おい、そこの兵士! このナイフをあのバカに渡して……」



 彼がナイフをお供の兵士に渡そうとした時だった。

 信太郎の攻撃の余波で飛んできた土砂が、貴族の手にぶつかったのだ。

 彼はその衝撃でナイフを取り落とし、ナイフはそのまま爆風に乗ってどこかへ飛んで行ってしまった。




「ああぁぁっ!!? ワ、ワシのナイフがぁぁっーー!?」



 戦場に貴族の悲痛な声が響き渡った。


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