第44話 信太郎VSオーガ軍団


 緩やかに起伏を見せる、青々とした草原が一面に広がっている。

 草原を撫でる風が草の香りを運び、日の光を浴びた植物が輝く。

 膝までの高さの草が浅瀬のように広がっていて、風が吹き渡ると、柔らかな緑の草がそれに合わせて波のように揺れている。

 額縁に入れて飾りたいほど素晴らしい光景だ。



「お~! きれいな光景だな! なんか昼寝したくなってきたぞ」


「お前さん、とんでもない大物かもな」



 緊張の欠片もない信太郎の言葉に、名もなき兵士が呆れた顔で呟く。

 ここは城塞都市モリーゼから数日歩いたところにある草原だ。

 軍の補給部隊を襲う魔物の大軍を討伐するため、2000の軍人が派遣されていた。

 ここにいるのは信太郎のみで、他の仲間はここにはいない。



 軍の再編と戦力補強という理由で、信太郎は連合軍に引き抜かれていた。

 これに関してはマリ達も抗議したが、後ろ盾のない平民の言うことを聞くような軍や貴族ではない。

 人類のため、と言われてしまうとマリ達もそれ以上は言えなかった。



 吞気な信太郎と違って、兵士たちの表情は硬い。

 兵士の視線は、遠くで待ち構える魔物の軍勢に釘付けだ。

 軍勢の前線には屈強なオーガ族がずらりと並んでいる。

 3メートル近い巨体に赤銅色の肌を持つオーガ族は、オークよりもはるかに格上の怪物だ。


 ――あんな所に一人で突っ込ませるとは正気の沙汰とは思えねぇ


 兵士は噂で信太郎が腕の良い戦士だと聞いていたが、いくらなんでもこれはあんまりだろうと考えていた。

 あんな所に突っ込んだら、タコ殴りにされておしまいだ。

 兵士は心配そうに口を開く。



「お前さん、本当に自分の仕事が分かってんのか?」


「お? 俺一人でアレに突っ込むんだろ?」



 能天気な顔つきで魔物の軍勢を指さす信太郎。

 それに苛立ったのか、兵士が声を張り上げる。



「だから怖くねぇのかよ!? お前、それ死んで来いって言われてんのと同じだぜ」


「う~ん、まぁどうにかなると思うぞ。危ねぇ気配はしないし、俺一人でもどうにかなるさ」



 信太郎の言葉に兵士が何事か言おうとした瞬間、後方からラッパのような音が響く。

 突撃の合図だ。



「じゃあな、おっちゃん。ちょっと行ってくるぜ」


「お。おい……!? ちっ、死ぬんじゃねぇぞ!」



 兵士の怒鳴るような声を背にして、信太郎は敵陣に単騎で突っ込んでいった。




 ◇


 魔物の大群へと信太郎は突き進む。

 その加速は目を見張るものがあり、一歩ごとに風が重くなり、十歩めで音や風を置き去りにした。

 そのまま衝撃波を引きつれ、信太郎は魔物の大群へと突貫していく。

 その時だった。



 オーガ族の中から、やや小柄なオーガ達が進み出てきた。

 オーガ・シャーマンだ。

 杖を持ち、ローブを身に纏うシャーマン達は何らかの呪文を発動させようとしている。



「お? なんかどっかで見たようなカッコだな」



 信太郎が突撃する直前、シャーマン達の杖から光が放たれ、光のカーテンが魔物の軍勢を包み込む。

 一瞬遅れて信太郎が衝撃波と共に突っ込むが、そこには誰もいなくなった草原が広がっているだけだ。



「おお!? あいつらどこ行った?」



 信太郎がキョロキョロと辺りを見回すと、背後から悲鳴や怒号が聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、味方の軍勢がオーガ率いる魔物の軍勢に襲われているのが見え、信太郎は唖然とする。

 シャーマン達の術によって、魔物の軍勢は味方の陣地へ転移したのだ。

 予想外の奇襲に味方は総崩れとなっていて、このままでは全滅もありうるだろう。



「ヤベェ!!」



 味方を救うため、信太郎は大地を踏み砕き、衝撃波を引き連れて全速力で突っ込んでいく。

 Uターンする信太郎を見て、前線の兵士の一人が慌てた様子で叫んだ。



「おい! そんな速度で突っ込んだら俺たちまで……!?」


「あっ、そうだった! やべぇ」



 慌てて急ブレーキをかける信太郎だが、時すでに遅し。

 爆音と衝撃と共に、敵と味方が仲良くぶっ飛んでいった。




 ◇


「悪ぃ、おっさん」


「貴様! 本当にそう思っているのか!?」



 戦闘後、陣地に張られた幕舎の中で、信太郎はとある貴族に叱られていた。

 この男は新しく信太郎の上官になった連合軍の貴族だ。

 彼は深くため息を吐くと、苛立った様子で頭を掻きむしる。

 それを見た信太郎は心配そうに口を開く。



「おっさん、そんな風にすると将来ハゲちまうぞ。もっと髪の毛大事にしろって」


「黙れぇ! 他にも言いたいことが山ほどあるが、それより貴様に聞きたいことがある」


「お? なんだ?」


「……なぜ貴様は全裸なんだ?」



 そう、今の信太郎は全裸だった。

 全力の音速越えダッシュで生じた衝撃波によって、信太郎の衣服は弾け飛んでいたのだ。

 信太郎は腕組をして、不思議そうに首を傾げた。



「さあ? 俺、バカだから分かんねーよ。でもよ、世の中不思議なことってあるだろ? ここは剣と魔法のファンタジーなんだろ? よくあることだって」


「何言ってるんだ貴様は!? そんな不思議なことあってたまるか!」



 幕舎の中に貴族の罵声が響いた。

 幸いなことに、怪我人はかなり出たが死者は出なかったため、信太郎は厳重注意ですんだ。


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