第43話 亜人キャンプ5 


「これで良かったんでしょうか? あとで嫌がらせとか……」



 心配そうなマリの言葉を、マスターとリリアが笑い飛ばす。



「嫌がらせなんてしょっちゅうさ!」


「そうね。それにどうせ妾になれとか、一晩相手しろーとか、バカな事言うつもりなのよ。本当にバカみたい!」


「戦時中にそんなことする人がいるんですか!?」



 マリが驚きの声を上げる。

 平和な日本で生まれ育った者にすら分かることを、なぜこの世界の住人が分からないのだろうか。

 眩暈すら感じるマリに、リリアがうんざりとした表情で口を開く。



「マリ。本物のバカってね、予想を遙かに下回るものよ。

 私たちがコレはないだろうと思ったライン以下を普通に下回るから。

 バカそうな権力者や冒険者には気をつけなさい」



 リリアの言葉にマリは再び絶句した。




 ◇


 談笑する信太郎たちを遠巻きに見つめる3人組がいた。

 獣人族の戦士長とドワーフの戦士であるバレル、そして長身の男エルフだ。

 この壮年のエルフの名前はゲイルといって、この亜人遊撃部隊の隊長をしている。

 ゲイルは信太郎を見つめながら、傍らのバレルに尋ねた。



「バレル、あのシンタローとかいう少年はどの程度の腕前なのだ?」


「武神オーガスほどではないと思うが、おそらくは今代の勇者よりは強いじゃろ」


「なんと……」



 その言葉に唖然とするゲイル。

 勇者。

 それはアルゴノート王国の初代国王が残した聖鎧アイギスを継承した、王族最強の戦士に与えられる称号だ。



 かつてアルゴノート王国の初代国王は、300年前の魔王との戦いで大戦果を挙げ、戦後に強力な力を持つ武具や魔道具を子孫のために残した。

 その一つが聖鎧アイギスだ。

 今の勇者は聖鎧アイギス11代目の継承者であり、武神という規格外の男を除けばアルゴノート王国の最強戦力となっている。

 ゲイルは、信太郎が勇者より強いことに動揺を隠せないようだ。



「……お前たちから見て奴の人柄はどう見える?」


「頭は悪そうだが、悪い奴には見えんのぅ」


「俺も同意見だ」



 バレルや獣人戦士長の言葉に、ゲイルは少しだけほっとした表情を浮かべる。

 ただでさえ余裕がないというのに、これ以上不確定な危険因子が増えるのは勘弁してほしい。



「よし。ならば適度に恩を売りつけ、敵対しない方向に……」


「あのぅ、ゲイル隊長」



 ゲイルが今後の方針を告げようとした時、若いエルフが怯えた様子で近づいてきた。

 このエルフはまだ若いが、この部隊の魔導士では3本の指に入る実力者だ。



「どうした? 何か問題でも起きたか?」



 ゲイルの言葉に、若エルフが怯えた様子でリリアを見る。

 ほんの数秒、言うか言うまいか悩んだようだが、意を決した様子で口を開く。



「リリアさんは……アレは本当にヒトなんですか? あの魔力量はとても人のものとは思えません! 自分にはまるで違う者に、化け物に見えます」



 若エルフの言葉に、ゲイルたちは沈黙する。

 獣人戦士長はその発言に不快感を表し、バレルは悩ましい表情を浮かべた。

 彼の発言は、仲間に対して言っていい物ではないだろう。

 しかし魔力に敏感なエルフ族のゲイルには分からなくもない。



 シーモア男爵が剣を抜こうとした瞬間、リリアの魔力が跳ね上がった。

 もしあのままリリアが魔法を使っていたら、このキャンプ地を消し炭になっていただろう。

 なにせ周囲に漂う精霊たちが恐れをなして逃げていったのだから。



「リリアたちは腕の良い協力者であり、我らの仲間だ。そのようなことを言うのはどうかと思うが……」



 獣人の戦士長が苦言を呈する。

 その言葉に若エルフが恐れと怒りでごちゃ混ぜになった顔で叫びだす。



「アンタたちは魔力に鈍感だからそんなことが言えるんだ! 俺だって彼らには感謝してるさ! でもアレは絶対に普通じゃない……。ゲイル隊長、せめてこの国にいる間だけでも彼らに町で寝泊りするように言ってくれませんか?」



 ゲイルは部下の言葉に悩ましそうに大きくため息を吐いた。

 そして諭すような視線と声色で、若いエルフへと語り始める。



「稀にいるのだ、ああいう桁外れな人間が……。

 もはや人の形をした別種の生き物といって良いかもしれん。

 勇者、神の使徒、悪魔、化け物など呼び名は様々だが、どれも同じ存在だ。

 いいか? 彼女と絶対に敵対するなよ?

 町で寝泊りする件については私から話してみる」



 ゲイルの念押しに、若いエルフは黙って頷いた。




 ◇



 信太郎たちが帰った後、マスターは腰のベルトポーチから試験管を取り出すと、ふたを開けて地面へと試験管の口の部分を向ける。

 すると、試験管の中に透明な何かが吸い込まれていく。

 魔法生物の一種であるスライムだ。

 アサシンスライムと言われるこの生物は、無色透明にして無味無臭の体と猛毒を持っている。

 おまけに気配を遮断できるため、カンの良い戦士でも接近に気づけず、いつの間にか殺されていることもあると言われている危険生物だ。



 マスターがスライムを回収するのを見ていたリリアが、心配そうに口を開く。



「ねぇ、マスター。もしかしてあのシンタローって人、“それ”に気づいていたの?」


「かもね。席に座る時にアサシンスライムの方を見ていた。とてもカンのいい子だね」


「どうするの? バレルの警戒っぷりを見るとかなり強そうだけど……」



 不安そうなリリアを安心させるため、マスターは笑みを浮かべ、リリアの頭を優しく撫でる。



「そうだね。万が一敵対した時のために色々と保険を作っておこうか」



 マスターはベルトに着けたポーチから何かを取り出す。

 それは小さな鳥のフィギュアに見える。

 だが、マスターが何事か呟くと、それは巨大化して普通の小鳥と同じ大きさとなった。



「バレないように彼を尾行するんだ」



 手のひらに止まっていた小鳥にそういうと、鳥は暗い空へ飛び立ち、信太郎を尾行していった。


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