第42話 亜人キャンプ4



「マリ、大丈夫か?」


「う、うん……」



 体調が悪そうにしているマリの顔を、信太郎が心配そうにのぞき込む。

 どこかばつが悪そうな表情でマスターが口を開く。



「すまないね。怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、本当に危険だから注意してほしくて……」


「お? 分かってるって! 女の知り合いとかあんまいねーけど、取り合えず伝えとくぜ」



 マスターの言葉に、信太郎がそう答えた時だった。

 一羽の小鳥が飛んできて、マスターの肩に止まる。

 よく見るとそれは生き物ではなく、機械仕掛けの小鳥だった。



「リリア、貴族の連中が来ているみたいだ。念のため隠れた方がいい」


「ま~た来たの!? 本当にうんざりするわ」



 そう言うと、リリアはフード付きのローブを取り出し、素早く羽織る。

 するとリリアの姿が一瞬で透明になり、周囲に溶け揉み、見えなくなった。



「透明化のローブ!?」



 目を丸くしてマリが驚く。

 透明化の魔道具はどれも高価で希少なはずだ。

 いざという時のために購入しておこうと、マリや空見達も値段を調べたが、とても手が出せないほど高かった。



(こんなものまで持っているなんて! 貴族じゃなさそうだし、まさか自分で作ったの……?)


「お~、すげーな! ニオイは感じるけど姿はまったく見えねーぜ」



 驚くマリと感心する信太郎。

 そんな2人に対し、マスターは自分の人差し指を唇に当てて見せた。



「2人とも、リリアが隠れているのは内緒にしてね」


「お? よく分かんねーけど、分かったぜ」


「は、はい。でも隠れるなんて何かあったんですか?」


「見てれば分かるさ。ほら、来たよ」




 マスターが顎で指す先には、武器に手をかけた獣人たちの集団が見えた。

 よく見ると集団の中央には、豪華で派手な衣装を着た男がいて、彼の周囲には鎧を纏う騎士が10名ほど護衛している。

 彼らは普通の人間のようで、おそらく派手な服の男がマスターの言う貴族だろう。

 神経質そうな顔立ちの痩せた男だ。

 彼は護衛を引き連れ、真っすぐに信太郎たちの元へと歩いてきていた。

 男はマスターの前まで歩いてくると、ゴミを見るような視線で、傲慢そうに口を開く。



「私はゲセックス伯爵の使いでやってきたトマス・シーモア男爵だ。リリア殿だけに用があるのだが……どこにいる? 隠すとためにならぬぞ。大人しく差し出せ」


「色々あってここには居ません。もうじき夜だというのにブリタニアの貴族が何用です?」


「伯爵がお呼びだ。労うために“夕食など”を共にしたいそうだ」



 好色な顔つきで笑うシーモア男爵に、マリは強い嫌悪感を感じる。

 間違いなく夕食だけでは済まないだろう。

 マスターはほんの一瞬顔を引きつらせたが、すぐに表情を引っこめると、駄々っ子に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いでいく。



「そもそも我らはアルゴート王国に所属しています。魔王種討伐のために協力しあっているだけで、あなたの部下ではないことを分かって頂きたい。

 あなたは他国の兵士に乱暴狼藉を働くおつもりですか? それが国家間の問題になることを本当に理解されていますか?」


「む……」



 その言葉を聞いて、貴族の男はむっとした顔つきになる。

 さすがのシーモア男爵もそれは不味いと理解しているようだ。



(このまま帰ってくれれば……)



 そう願うマリだったが、それは叶わなかった。

 苛ついた様子のシーモア男爵は、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしたのだ。



「き、貴様ぁ! 誰にモノを言っているのか分かっているのか!? ゲセックス伯爵はこの連合軍のトップだぞ!」


「……それは以前の話でしょう? 今この連合軍を率いるのはカロス王国のブルターニュ辺境伯のはず」


「ハッ! あんな若造を誰が認めるというのだ!」



 マスターの発言にシーモア男爵は笑いだす。

 そんな彼をマスターは冷ややかな目で見つめた。



「では、かつて友軍を、我らを見捨てて逃げたゲセックス伯爵を誰が認めると?」



マスターの言葉にシーモア男爵が凍り付く。

信太郎たちは知らないが、ゲセックス伯爵は魔物の大軍に囲まれた時、自分の取り巻きだけを連れて逃げたことがあった。

逃げ出したゲセックス伯爵たちと合流したのは少し前のことだ。

恥も外聞もなく、再び連合軍のトップに収まろうとしたゲセックス伯爵だが、彼らの言うことを聞く兵士はごく僅かだった。



「な、なんと無礼な……!? 低劣な身分の分際で調子に乗りおって!」



 額に青筋を浮かべるシーモア男爵が剣を抜こうとした瞬間、信太郎が前に出る。

 しかしシーモア男爵に対して詰め寄るのではなく、マリを守るかのように自分の腕の中に引き入れたのだ。

 信太郎の突然の行動にマリは混乱する。



「し、信ちゃん!?」



 ドギマギしたマリだが、信太郎は警戒した様子で周囲を伺っている。

 その視線の先はリリアが潜んでいる場所だ。

 どうしたのかとマリが口を開こうとした瞬間、周囲を膨大な魔力が覆いつくした。



(え!? な、なにこれ……!?)



 そのあまりに濃密な魔力に、マリは驚いて言葉が出ない。

 この魔力の持ち主がその気になれば、このキャンプ地など一瞬で焼き尽くせることを、魔導士のマリには理解できるからだ。

 それは周囲のエルフも、シーモア男爵の護衛も理解できるようで、皆が怯えた様子で辺りを見回している。

 この場で気づいていないのはシーモア男爵だけだろう。

 シーモア男爵は不思議そうな顔つきで護衛を見つめる。



「なんだ? どうした、貴様ら?」


「……男爵、一度出直しましょう」



 不安そうに顔を見合わせる護衛達の中で、一番腕が立ちそうな男が進み出た。

 その言葉にシーモア男爵は不快そうに眉をひそめる。



「貴様は何を言っている? ゲセックス伯爵の命令を果たさずに帰るというのか? 兵士の労いのために女の亜人も何人か連れて帰る必要が……」


「だ、男爵!? それ以上は……!?」



 護衛の制止の声も空しく、周囲の空気が変わる。

 シーモア男爵とその護衛達を取り囲む獣人たちの戦士が殺気立ったのだ。

 魔力に鈍感で、戦闘慣れしていないシーモア男爵でも、その殺意には気づけたようで、目に見えて慌てだした。



「ひぅっ!? お、おのれ! ゲセックス伯爵に逆らった事、後悔するなよ!?」



 恐怖で顔を引きつらせるシーモア男爵は一言嫌みを言うと、護衛を連れて小走りで引き下がっていった。



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