第40話 亜人キャンプ2


「ほぅ、お前さんが例の戦士か! こりゃ噂以上じゃの~。ワシはバレルっちゅうもんだ、よろしくの!」


「お? 俺は信太郎っていうんだ、よろしくな!」



 若い獣人族の戦士が連れてきたのはひげ面の小男だった。

 背は低いが筋肉の塊で、足運びにまるで隙が無い。

 獣人族の反応を見る限り、彼も腕の良い戦士であることは間違いないだろう。

 だが、そんなことよりマリには気になることがあった。



「もしかしてドワーフの方ですか……?」


「む? もしやドワーフを見るのは初めてかの?」



 マリの問いに驚いたのか、バレルは目を丸くする。


 ドワーフ。

 彼らは高度な鍛冶や工芸技能を持ち、外観は男女共に少し背丈が低いものの、力強く屈強な種族だ。

 ゲームでも聞いたことのある種族に、信太郎が興奮した様子で口を開く。



「バレルのおっちゃんはドワーフなのか!? スゲー、初めて見たぜ! どこから来たんだ? ブリタニア? それとも……えーとワロスだっけ?」


「信ちゃん、ワロスじゃなくてカロスだよ」



 すかさず信太郎の間違いを訂正するマリ。

 そんな2人にバレルは孫でも見るような、優しげな視線を向ける。



「お前さんら、悪い奴じゃなさそうだの。ワシらはアルゴノート王国から派遣された部隊での。魔王討伐とは別に命令を受けとるんじゃ」


「お? そーなのか? どんなの?」


「不当な手段で奴隷にされとるエルフや獣人の救出と保護じゃ」


「え……?」



 予想外の言葉にマリの頭が真っ白になる。

 理解しているかは分からないが、珍しく信太郎も真剣な表情を浮かべた。



「奴隷制度、まだあるんですか?」


「なんじゃ? ずいぶんと安全な所に住んどったようだの。公には禁じられとるが、隠れてやっとる奴らが多いんじゃ。なにせ金になるからのぅ」



 バレルは気分が悪そうに吐き捨てる。


 奴隷制度。

 この制度は数十年前に勇者の国アルゴートやその周辺国家では禁じられたが、未だに奴隷を取引するものは多い。

 特に人族至上主義を掲げるブリタニア王国などでは、亜人は人ではなく獣であると断定している。


 ――獣を売り買いして何が悪いのか。

 そんな理由で誘拐してきた亜人たちを奴隷にし続けている。

 時には他国から誘拐された亜人の売買も平気で行うこともあるほどだ。



 周辺国家が何度か警告をしても、ブリタニア王家は知らぬ存ぜぬを突き通している。

 それゆえアルゴノート王国は、魔王種が攻めてくる度に、各地に救出部隊を派遣し、亜人たちの保護をすることにした

 バレル達は戦乱のどさくさに紛れ、虐げられる同胞達の救出を命じられている部隊だ。



「少し前の救出でかなり酷いモノを見ちまってな、みんなピリピリしとる。少しばかり居心地が悪いかも知れんがガマンしてくれや」




 ◇


 バレルについていく信太郎たち。

 そんな2人をやや遠巻きにエルフたちが見つめていた。

 彼らの髪は金糸のようで、顔立ちも人形のように整っている。

 マリは日本ではトップ級の美少女だったが、ここのエルフ達は地球でいうハリウッドの美男美女でも白旗を上げるレベルの美貌だ。



 少し自信をなくしたマリは、そっと信太郎の顔を伺う。

 信太郎が目移りしないか心配なようだ。

 だが、信太郎はいつも通り悩みなど無さそうな顔つきで、鼻歌を歌いながら歩いている。

 エルフの美貌どころか視線にも気づいてなさそうだ。



「む、2人はあそこじゃの」



 バレルの声にマリが前を向くと、人だかりの中にリリアと黒ローブの男が見えた。

 黒ローブの男――マスターの前に獣人が一列に並んでいる。



「お? 何やってんだ?」


「武具を差し出してるみたいだけど……」


「武具の修繕じゃ。まぁ見とれ」



 マスターが壊れかけた鉄製の鎧の前に座り込む。

 そして鉄のインゴットを手に取ると、マスターの手に緑の光が灯った。

 すると鉄のインゴットが餅のように柔らかくなり、その柔らかくした鉄を欠損部に練り込み、防具を補修していく。



 わずか数秒でボロボロの鎧が新品同然だ。

 そのままマスターは次の防具を補修していく。

 この速度なら、修理待ちの列を片付けるのもたいして時間がかからないだろう。



「相変わらず鍛治師泣かせの魔法を使いよる」



 バレルは複雑そうな表情を浮かべる。

 バレルの視線の先で、マスターが剣を整備していた。

 緑の光が灯る手で触ると、使い込まれた剣がまるで新品のようにきれいになる。



「たくさんの上級魔法を同時に使ってる……」



 マリが唖然とした様子で呟く。

 いくつかマリの知らない魔法があるが、それらは複数の上級魔法を組み合わせたものだろう。

 おそらくマスターのオリジナル魔法のはずだ。



 あらゆる上級魔法を扱えるマリにも、理論上は同じこと出来るはず。

 しかし上級魔法を最低5種類以上、しかも同時に使用するとなると、マリが真似するのはかなり厳しい。

 マリが自分でも真似できるか考えている間に、マスターはあっという間に修復の列を片付けた。



「いつもありがとな」


「また頼むわ。ドワーフより仕事が早くて上手いなんてすげえな、おめぇ」



 武具を修理してもらった獣人たちは礼を言って掃けていく。

 あとに残ったのはマスターと彼の背中に寄りかかっていた戦姫のリリア、そして獣人の子供たちだ。

 リリアの前に座る子供たちはカードを手に取り、楽し気に騒いでいる。

 どうやら獣人の子供たちはリリアとカードで遊んでいたようだ。

 子供の中で一番背の低い子がよちよちとリリアに近づく。



「リリアおねえちゃん! 水あびいっしょに行こー!」



 4才くらいの幼女が花が咲くような笑みを浮かべる。

 だがそんな彼女の体には包帯が巻き付けてあり、所々に赤黒く染まっていた。

 無事な部分は首から上だけだ。

 右足には添え木が巻き付けられていて、歩く時も引きずっていたので、まだ折れているのかもしれない。

 リリアは幼女の頭を優しげに撫でる。



「まだダメよ。水浴びしたい気持ちはわかるけど、まだ周囲の安全が確保できていないんだから。敵は魔物だけとは限らないワケだし、今日はガマンしなさい」


「ええ~! くさいのヤダー!」


「また今度ね。あとでお湯持って行ってあげるから」


「リリアお姉さんにワガママ言うなって。それにお前、まだケガ治ってねーだろ」



 リリアと共に他の子供たちも幼女をたしなめる。

 その時、リリアの背後にいたマスターが彼女に何事かをささやく。

 それを聞いたリリアは手を叩いて子供たちの注目を集め、声を張り上げた。



「はい、みんな今日はこれでお開きよ! お客さんが来たみたいだから、また明日ね」



 ぐずる幼女の頭を撫でながらリリアは信太郎たちへと視線を向けた。


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