3章

第39話 亜人キャンプ


「お? ここに俺たちの命の恩人がいるのか?」



 信太郎の目の前には数百を超えるテントが乱立していた。

 ここは城塞都市モリーゼの門から少し離れたところに作られたキャンプ地の一つだ。

 魔王討伐のためとはいえ、さすがに数万もの他国の軍勢を町に入れるわけにはいかない。

 一部の貴族や上級指揮官のみが町に宿泊し、その他の兵士はモリーゼを取り囲むようにテントを張って寝泊りすることになった。



「うん、そのはずだよ。ソルダート兵長に確認したから間違いないよ」



 信太郎の問いに隣のマリが答える。

 今ここにいるのは信太郎とマリだけだ。

 本当は小向も来たがっていたのだが、ある理由から断念することになった。



 町のトップとしては、同盟国とはいえ、町を囲む他国の軍に対して備えを怠るわけにはいかない。

 兵士が暴れだした時の抑止力として、町に強力な兵士や冒険者を残すことが市長によって決められていた。

 今日の当番は小向とエアリスだ。

 噂の魔導戦姫の所属している部隊には、エルフや獣人などが多くいるようで、それを知った小向はものすごく残念がっていた。


 ――エルフと知り合うチャンスなのに!


 こっそりついて来ようとした小向だったが、エアリスに見つかり、耳を引っ張られて待機場所へと連れて行かれてしまった。

 その時のことを、悲し気な小向の瞳を思い出し、信太郎は後輩のために何かしてやりたい気持ちになる。

 ふと、名案を思い付いたように声を上げた。



「そうだ! 小向はエルフ好きみたいだしサインでも貰って帰ろーぜ!」


「う、う~ん。小向君が欲しがっているのはサインじゃないと思うし、やめとこ?」


「お? そーなのか? じゃあガンマの兄ちゃんに土産でも買って帰ろーぜ。早く元気になってくれるといーな」



 その言葉にマリの表情が暗くなる。

 数日前のゴース戦で、ガンマの親友であるマモルは戦死していて、そのせいでガンマはふさぎ込んでしまった。

 今もガンマは宿に引きこもっている。

 今ここに空見や薫がいないのは、ガンマが自棄を起こさないようにそばで見張っているからだ。



「ガンマの兄ちゃんならきっと乗り越えてくれると思うんだよな……」


「そうだね……。そ、そういえばここのテントだけ町からかなり離れてるよね!」



 珍しく悲し気な信太郎。

 暗くなった雰囲気を変えるように、マリが明るい口調で話題を変える。

 本当は信太郎がもっと食いつくような話題にしたかったのだが、とっさに浮かばなかったようだ



「そーいやそうだな。なんか色々とフクザツな理由とかあるみてーだぞ」


「あれ? もしかして信ちゃんは何か聞いてるの?」


「うんにゃ、俺は何も聞いてねーぞ。ただ、強い怒りと恐怖のニオイを感じるんだよな。マリ、俺から絶対離れるなよ?」



 そう言うと信太郎はマリの手を取り、キャンプ地へと歩き出す。

 この時に信太郎が振り返れば、茹でダコのように赤くなったマリの顔を目にしたことだろう。




 ◇


 キャンプ地を守るかのように、10人の屈強な戦士が立ち塞がっている。

 彼らに近づいたマリは驚きに目を丸くした。

 頭部からピンと立った獣耳が、ズボンからは尻尾が飛び出していたからだ。



(彼らが獣人族……。耳や尻尾以外は人とほぼ変わらないのね)


「そこで止まれ! 何の用だ?」



 興味深そうに視線を送っていると、鋭い声が飛び、思わずマリは驚いて飛び上がりそうになる。

 敵意すら感じる獣人族の鋭い眼光にマリは怯む。

 だがそんな視線をまったく意に介さずに進む男がいた。

 もちろん信太郎だ。



「ちょっと聞きたいんだけどよー、リリアって人ここにいねーか? 俺ら、命救われたからお礼言いに来たんだけど」



 敵意の全くない信太郎の言葉に、戸惑った様子で獣人族の戦士たちは顔を見合わせる。



「おい、どうするんだ?」


「声音から判断すると嘘は言っていないようだが……」



 彼らは信太郎から視線を外さずに小声で相談し始めた。

 それなりに死線を潜ったマリには分かる。

 とんでもない手練れだ。

 モリーゼの弱小兵士や冒険者とは比べ物にならない。

 おそらく空見以上の戦士であることは間違いないだろう。



 信太郎とマリはすでに獣人族の戦士の間合いの中だ。

 おもけに彼らは武器に手をかけている。

 もしマリがここで魔法でも使おうとすれば、指一本動かす前に、一斉に飛び掛かってきてバラバラにされるだろう。

 嫌な想像をしてしまい、マリは生きた心地がしなかった。

 信太郎がいなければ回れ右して逃げ去っていただろう。



 獣人戦士のリーダ格の男と信太郎の視線が交差する。

 数秒間、信太郎と目を合わせた男は深くため息をつくと、一番若い男へと顔を向けた。



「……バレルさんを呼んで来い。彼に案内してもらおう」


「な、中に入れるのかよ!?」


「気配で分からんか? あの小僧、相当な手練れだ。我らでは相手にならん」



 動揺しつつも、誰かを呼びに行った部下を見送った男は信太郎へと視線を戻す。

 そして凄まじい気迫と共に語気を鋭くする。



「お前が何者なのか知らんが、敵意もなく嘘も言ってなさそうだ。だがこの中で同胞たちに手を出せばこの命に代えてもお前を殺す」


「おう! 分かった、手は出さねー。約束するぞ」



 相手の刃のような言い方に対し、信太郎はいつものように楽観的で涼風のように、のんびりとした口調で返した。


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