第38話 魔導戦姫と謎の錬金術師


「す、すごい……」



 巨大な龍があっさりとゴースを倒したのを、マリは呆気に取られたように見ていた。

 だが、すぐに信太郎たちのことを思い出したのか、マリは慌てた様子で広範囲に回復魔法を発動させる。



(信ちゃんはこれで大丈夫そうだけど、空見さんは……!)



 広範囲の回復魔法は便利だが、回復対象が多いほど回復量が下がる短所もある。

 ゴースの尾で腹に大穴を開けられた空見は、これだけでは足りないだろう。

 急がないと命に関わる。



 そっと信太郎を寝かせると、慌てて空見の元へとマリは走る。

 だがそこにはいつの間にか黒いローブの男が立ち、空見に何かを飲ませていた。

「何をしているのか」そう口を開こうとしたマリの前で、空見がゆっくりと立ち上がる。



「空見さん! ケガは大丈夫ですか!?」


「あ、ああ。なんか大丈夫みたいだね」



 空見の腹は何事もなかったかのように塞がっていた。

 それどころか体力的に限界が近く、死体のような顔色だった空見はビックリするほど元気そうだ。

 空見自身、今の状態に戸惑っている。

 死にかけていたはずなのに、小さなポーションを飲んだだけで怪我は治り、体には力が溢れているのだから。



「あの、助けてくれてありがとうございます。僕が飲んだのってポーションっていうんですか? 凄い効き目ですね」


「いや、人として当然のことを――」


「当然でしょ。マスターの特製ポーションよ? そこらに売っている程度の低いポーションと一緒にしないでよね。故郷じゃ伝説の錬金術師って評判だったんだから!」



 リリアが空見と黒いローブの男の会話を遮るように口を挟む。

 自分の事のように自慢するその様は年頃の少女で、戦っていた時の凛々しさは嘘のように消えている。

 これが彼女の素なのかもしれない。



(マスター? 師匠か何かなのかな? この男の人から強い魔力は感じないけど……)



 リリアの発言に、マリが内心首を傾げた時だった。



「マリ、無事か? 他のみんなは……?」


「信ちゃん! 気が付いたの!?」



 信太郎は意識がはっきりしない様子で立ち上がろうとしていた。

 傷は治っているが、毒と出血のせいでかなり顔色が悪い。

 慌ててマリと共に黒ローブの男が駆け寄る。



「君! これを飲むんだ。毒消しだよ」



 黒ローブの男は腰のポーチから小瓶を取り出し、信太郎の口元に持っていく。

 それを一息に飲み干した信太郎は、安らかに目を閉じると倒れ伏した。

 それを見たマリは悲鳴を上げる。



「信ちゃん!?」」


「大丈夫、眠っただけさ」



 信太郎を見ると、先ほどとは違って気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 本当に気を失っただけのようだ。

 ほっとした様子のマリや空見に黒ローブの男が声をかける。



「とりあえず町で休んだ方がいいよ。君たちはモリーゼの冒険者だよね?」


「は、はい! あの助けていただき、本当にありがとうございます!」


「気にしな――」


「ねえ、マスター。お腹空いたわ、何か食べようよー」



 親に構ってもらいたい幼子のように、リリアは黒ローブの男――マスターの袖を引っ張る。

 それを見たマスターは苦笑し、リリアの頭を撫でながら口を開く。



「そうだね、お店を探そうか。ソラミ君だっけ? オススメの店とかあるかい?」


「それなら美味しい店を知っていますよ。トニオさんというこの町一番の料理人がいます」



 空見が自信をもって答える。

 トニオほどの料理人がタラスクの森産の食材を調理すれば、地球でも中々お目にかかれないレベルの料理となるのは間違いない。

 空見の言葉に黒ローブの男とリリアは嬉しそうに顔を輝かせた。



「そいつは嬉しいな!」


「本当ね! 最近は腐りかけた野菜くずのスープばかりだったしね」



 リリアの発言に空見の顔が引きつる。

 どうやらとんでもなく食事事情が悪い所にいたらしい。



(これほどの腕前を持っているのにお金がなかったのかな?)



「そういえばお二人はどこの町から?」



 疑問を感じたマリが口を開いた時、マスターがハッとした様子で目を見開く。

 そして言い辛そうに口を開いた。



「言いづらいんだけど……、しばらくこの町は荒れるかもしれない」


「え?」


「はい?」



 それはどういうことかと空見が口を開く前に、隊列を組んだ軍が視界に入る。

 少なく見積もっても数万人はいそうだ。



「これは……? 一体どこの軍です?」


「カロス王国とブリタニア王国の兵士、そして冒険者達の混成軍さ」


「ブリタニア王国……」




 言葉に口にしながら、マリは記憶を辿る。

 たしかガンマの言っていた、関わるとヤバそうな国だったか。

 兵士や冒険者らしき男たちは皆一様に目がギラついていて、血の気が多そうだ。

 当面の危機は去ったようだが、新たな問題が舞い込んできたように感じ、マリは背筋を震わせた。



 ◇



 暗く深い森の中で、黒い肉塊がズルズルと這うように進んでいた。

 焼け焦げたような異臭を放つそれに気づいたのか、一匹の猿のような魔物が現れる。注意深く肉塊を観察した猿の魔物はそれを簡単に狩れる獲物と判断したのか、樹上から飛び掛かろうとする。

 その瞬間、肉塊から飛び出たサソリの尾が魔物を串刺しにした。

 心臓を貫かれ、絶命した魔物をそのまま引きずりこんで、バリバリと音を立てて食い散らかしていく。

 あらかた喰い終わると、肉塊からため息が漏れた。



「こんな雑魚にも舐められるとは……。 本当に今日は厄日じゃのぅ」


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