第37話 魔導戦姫


「確か魔導戦姫の……リリアとか言う名だったかの? まったく、とんだ厄日じゃ」



 忌々し気にゴースは魔導戦姫――リリアを睨む。



(だがこれは絶好の好機でもあるのぅ!)



 ゴースとリリアの距離は10メートルもない。

 この間合いならば、無詠唱で魔法を撃たれる前に一撃加えられる。

 脆い魔導士などそれで終わりだ。



 遊び抜きでゴースが突っ込む。

 その速度は風より速く、リリアの眼前へと移動する。

 リリアはゴースの動きを捉えているようだが、まったく慌てずにその場から動かない。



(殺った!!)



 ゴースがそう確信した瞬間、突如現れた真紅の騎士隊が進路を阻む。

 彼らは巨大な盾でゴースの突進を受け止め、そのままゴースの巨体を抑え込もうとする。



「なんじゃ貴様ら! どこから湧いた!?」



 先ほどまで影も形も、気配すらなかった騎士隊にゴースは困惑する。

 だがすぐに気持ちを切り替えると、猛毒を撒き散らし、剛腕を振るい、強靭な尾を叩き込む。

 しかし真紅の騎士隊はやけに打たれ強く、おまけに毒も効いている様子がない。

 時間を稼がれたせいで、リリアから強大な魔力が迸る。

 魔法発生の前兆を感じ取ったゴースの反応は素早かった。

 騎士隊2人を鷲掴み、盾にしたのだ。



「ほっほぅ! これならば撃てま――むっ!?」


「『ストーム・インフェルノ』!」


「ぬおぉぉぉっ!!?」



 盾にした騎士を一切気にかけず、戦姫は獄炎の竜巻を撃ち放つ。

 とっさにバリアで身を守るが、あっさりと貫通し、ゴースは全身を炙られる。



(ちいぃぃっ! まさか仲間ごと撃ってくるとは……!) 



 ゴースは回復魔法で体を再生しながら、炎の中を突き進む。

 だが、炎の中から襲い掛かってきた何者かに動きを止められる。

 それはゴースと共に獄炎に焼かれたはずの騎士隊だった。



「なんと!?」



 驚くゴースは騎士隊を跳ね飛ばし、距離を取る。

 戦姫リリアの前に立ち塞がる騎士は5人。

 おそらくその盾と鎧は質の良いミスリル製だ。

 鎧には焦げ一つなく、鎧が妙な魔力を宿しているのにゴースは気づく。

 それを見てゴースが得心が言った様子で呟いた。



「ほぅ、その騎士の鎧は火属性魔法を無効にするのか」



 これならば味方ごと火属性魔法を叩き込んできたのも頷ける。

 これで戦姫リリアは誤射を恐れることなく、魔法を放てるというわけだ。

 魔導士だというのに、戦士の間合いへと入り込んできたのはこれが理由だろう。

 余裕や慢心すら感じる戦姫の涼し気な表情にゴースの頭に青筋が浮かぶ。



「あまり舐めるなよ、小娘!」



 確かに戦姫の魔法は強力だが、バリアと回復魔法を併用すれば、少なくてもあと4~5回は耐えられる。

 その間に騎士たちを蹴散らし、一撃加えれば終わりだ。



 再度突進するゴースだが、騎士らに阻まれる。

 全力で尾を突き出すが、それは堅固な鎧で身を守る騎士には致命打になりえない。



「ええぃ、鬱陶しい! 頑丈なだけの雑魚どもが!」



 忌々し気に吠えるゴースの両足に、何か蛇のようなモノが絡みつく。

 そのまま万力のように体を締め上げ、拘束されたゴースは地面に崩れ落ちる。



「な、なんじゃぁ!?」



 手足を見ると、蛇を模した鎖がゴースの手足に絡みついていた。

 その鎖はやけに頑丈でゴースの剛力でもすぐには壊せそうにない。

 慌てるゴースの耳に男の声が届く。



「リリア! このまま動きを止めるから強力なのを叩き込んで!」



 戦姫リリアの背後にいた黒ローブの男がそう叫ぶと、腰のサイドポーチから鎖を引っ張り出し、ゴースへと投げつけた。

 その鎖は意思を持つかのように体を蛇のようにくねらせ、ゴースの体を拘束していく。それと同時に、戦姫リリアの体から先ほどとは桁違いの魔力が沸き上がる。

 その魔力総量はとても人のモノとは思えぬほど多く、ゴースは背筋に氷を突っ込まれたような恐怖を感じた。


 ――この小娘、本当に人間か!?



「ぬうぅっつ!!」



 慌てたゴースは全身に力を入れ、鋭利な毛針を突き出して鎖を破壊していくが、その度に黒ローブの男が鎖の蛇を投げつけてきて、拘束から抜け出せない。

 そんなゴースの前で戦姫リリアは鈴の音が鳴るような声で、歌うように詠唱を進めていく。



「古の契約に従い 来たれ 獄炎の化身

 目覚めよ 不浄を許さぬ紅蓮の龍王

 我が爪牙となりて 咎人共に逃れ得ぬ裁きを――『獄炎龍』」

 


 詠唱の終了と共に巨大な龍を模した炎が生まれる。

 いや、これはもはや攻撃魔法ではなく、龍そのものだ。

 その目には確かな意思が見られ、睨まれただけでゴースの体が震えあがる。



「な、なんという……これが神話魔法か」 


「こ、こんな強力な魔法が存在するの……?」



 その威容にゴースだけでなく、マリも呆気にとられる。

 魔法の素養のあるマリにはなんとなく理解できた。



(攻撃……いや召喚魔法に近い? それとも霧鮫みたいな魔法生物を作った……?)



 少なくとも上級魔法しか扱えないマリには不可能な芸当だ。

 初めて見る魔法だが、これが極大魔法よりさらに上の魔法だということは間違いない。



「行きなさい」


「――――ッツ!!」



 戦姫リリアの声に従い、龍は咆哮と共にゴースに喰らい付き、そのまま噛み潰そうとする。



「ぬううぅぅっ!!?!」



 その圧倒的な迫力に違わぬすさまじい威力に、ゴースは苦悶の悲鳴を上げる。

 ゴースも何重にも出したバリアと回復魔法で耐え凌ぎ、毛針や猛毒で反撃し続けるが、それらの全ては獄炎龍の触れた瞬間に蒸発していく。

 灼熱の牙に貫かれたゴースを蒸発させながら、空へと突き進む獄炎龍。



 はるか上空で口の中のモノを咬み潰し、勝利の咆哮を上げる。

 その後、周囲に灼熱の炎を撒き散らすと、溶けるように姿を消していった。


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