第36話 覚醒のベヒーモス3
「グウアァッツ!!」
信太郎は一声吠えると、腰を深く落とし、倒れ伏すゴースへと狙いを定める。
さすがのベヒーモスの肉体でも、出血と毒で限界が近い。
この一撃で終わらせるつもりだ。
次の瞬間、大地を踏み砕き、衝撃波を引き連れた信太郎が音速越えでゴースへと突進していく。
「ぬうぅぅ!!」
それに対し、光を放つゴース。
どうやらバリアを何重にも張って、信太郎の進行を妨げている様子だ。
だが、それを薄紙でも粉砕するように、信太郎は突き進む。
ついに信太郎の渾身の右ストレートが炸裂した。
粉々になったゴースの破片が森の奥へと飛びちり、攻撃の余波で大地がめくれ上がる。
「グウゥ……!」
ゴースがバラバラになったことを確認すると、信太郎はゆっくりとその場に倒れた。
「信ちゃん!」
「信太郎君!」
慌ててマリと空見が駆け寄る。
意識はないが、呼吸も脈もちゃんとあるのを確認し、2人はほっと息をつく。
「よかった、少し脈が弱いけど無事そうだ。マリさん、急いで回復魔法を!」
「はい!」
そういってマリが回復魔法を使おうとした時だった。
急に空見がマリに覆いかぶさる。
「ちょっ!? そ、空見さん!?」
いきなり抱き着いてきた空見にマリは驚く。
だが苦し気に呻く空見の肩に見覚えのあるトゲが刺さっているのを見て、マリは表情を変える。
「こ、これって!?」
驚いた様子のマリが空見の肩を凝視する。
間違いなくゴースに生えていた黒トゲだ。
その直後、森からゴースの大きな声が響いてきた。
「クワッハハハッ!! たまげたわぃ! 危うく死ぬところであったわ」
「うそ!? どうして!?」
マリが悲鳴を上げる。
確かにバラバラに砕け散ったはずだというのに、今のゴースは完全に無傷だ。
「『復活』とかいう能力の一つでのぅ。ワシの切り札の一つじゃ!」
ゴースが使ったのは『復活』という転移者から奪ったモノで、一日一度だけ殺されても体力が全快の状態で復活できる能力だ。
強敵の文字通りの復活に、マリと空見は顔色を青くする。
信太郎抜きで勝てるとはとても思えない。
「しかし、本当に末恐ろしい小僧よ。毒と出血であれほど弱っておったのにこれほどの力を持つとはのぅ」
からからと笑うゴースだが、信太郎に向けるその目は笑っていない。
逃がしてくれるつもりは全くなさそうだ。
「マリ君! ここは僕がどうにかするから彼を連れて逃げ……っ!?」
立ちふさがろうとした空見が、一瞬でゴースの尾で腹を貫かれる。
そのまま地面に叩きつけられ、空見は血反吐をぶちまけた。
苦し気に身動ぎしているため死んではいないようだが、もう戦闘不能だろう。
慌てて太郎や空見に回復魔法を使おうとしたマリの眼前に、ゴースの醜悪な顔が迫る。
「おおっと! もう時間はやらぬぞ? その小僧、ここで逃せばどれほどの障害になるか分からぬ。ここで確実に死んでもらうぞぃ」
「ひっ……!?」
耳まで避けた口を開けて迫るゴースに対し、マリは恐怖心で固まり、身動きが取れない。このままマリが食い殺されそうになった瞬間、金色の閃光が奔った。
「おおぅ! な、なんじゃぁ!?」
閃光に弾き飛ばされたゴースが驚いた様子で叫ぶ。
その首元は大きく焼け付いていた。
その直後、再び閃光が奔り、ゴースの体を吹き飛ばす。
「な、なに……? 何が起きているの?」
何が起きているのかわからず、マリは困惑した声を漏らす。
その頭上からバチバチと音が聞こえ、マリは視線を上に向ける。
するとそこには美しく輝く、金色の鷹が羽ばたいていた。
「なんじゃこ奴は!? 魔物? いや、精霊か?」
雷を纏う鳥は一声鳴くと、閃光が奔り、その度にゴースは吹き飛ばされた。
この雷鳥は閃光のような速度でゴースに突進しているのだ。
翼長一メートル程の雷鳥が空を舞い、まるでマリ達を守るかのようにゴースを襲い続ける。
「舐めるな!!」
迎撃しようとするゴースだが、雷鳥が速すぎて全く反応できていない。
仕方なくゴースはバリアで身を固め、敵を観察する。
むやみやたら攻撃してくるわけではなく、雷鳥もまたゴースを観察している様子だ。
(この感じは精霊でもないのぅ。ワシの隙を伺う様はまるで自我でも持っとるようじゃ。む? 待てよ、自我を持つ魔法……?)
「まさか神話魔法か!?」
あり得ぬとゴースは呟く。
神話時代の魔導士が使う強力な魔法は、自我を持ち、生物を模した姿をとっていたと言う。
そんな魔法の使い手が、そんな魔法を扱える人族がいるはずがない。
そこまで考えた瞬間、ゴースは気づく。
(いや、一人おる。神話で消えたはずの魔法を扱う女魔導士が! たしか魔導……)
そこまで考えたゴースの耳に、鈴が鳴るような少女の声が聞こえた。
「『プラズマ・キャノン』!!」
とっさに身を伏せるゴース。
その直後、ゴースの背中の一部がごっそりと消し飛ばされ、轟音と共に大地に大穴が穿たれる。
ゴースは憎々し気に、魔法が飛んできた方向を睨む。
それに釣られたマリも視線を向けると、その先にとても美しい少女が見えた。
長い金色の髪の毛を揺らして一人の少女が歩いてくる。
黒いローブの男を引き連れたその少女の年頃は十代半ばぐらいだろうか。
その美貌はとても美しく、同性のマリですら見惚れてしまうほどだった。
神聖な炎が形を持ったかのような紅玉の瞳。
緩やかに波打つ金糸のような髪の毛に、染み一つ無い白い肌。
体のラインがよく分かる赤いドレスを身に纏い、窮屈そうにドレスへと収まっている双丘が歩いているだけで弾んでいる。
凛々しくも妖艶な美はまるでお伽噺の戦女神のようだ。
「まったく、今日は本当に厄日だのぅ。あの噂高き『魔導戦姫』の相手をせねばならんとは!」
ゴースはうんざりとした様子で呟いた。
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