第34話 覚醒のベヒーモス
「『キュアポイズン』!」
毒で苦しむ信太郎へと、マリは毒を消す魔法を唱える。
だが、信太郎は相変わらず苦しそうにうめき続けている。
「そんなっ! どうして!?」
何故か効果が出ないことにマリは焦る。
そんなマリを嘲笑うようにゴースがささやいた。
「小娘。上級魔法の使い手のようじゃが、ワシの呪毒は簡単には消せんぞ」
「そんな!?」
上級魔法では治せない毒にマリは歯噛みする。
そんなマリの前へと信太郎がゆっくりと歩み出た。
「マリ、危ねぇから下がってろ」
そういってゴースへと突進する信太郎だが、いつもの力強さをまるで感じない。
容易くその突進を受け止められ、ゴースの剛腕で顔を殴り飛ばされてしまう。
「ほっほう! どうした小僧? もう限界か? 存外にだらしがないのぅ」
「ちっくしょ……!」
慌てて起き上がろうとした信太郎の頭にゴースの尾の一撃が迫り、それを信太郎は紙一重で避け、背後に飛びずさった。
だがいつの間にか目の前にいたゴースの追撃を受け、信太郎は大地を転がっていく。ボロ屑のように大地を転がり、それでも信太郎は気合を振り絞って意識を保つ。
信太郎は、血と砂利の混じった唾を吐き捨てながら立ち上がる。
その瞬間、腕に耐えがたい激痛を感じる。
骨は折れていないようだが、筋を痛めた可能性がありそうだ。
「化け物のオッサン、アンタ今まで手ぇ抜いてたな!」
「ほっほぅ! もうワシも歳でなぁ、油断させた獲物を楽して狩りたいのよ」
悪びれない様子でゴースは笑う。
この怪物は、わざと手を抜き、互角の戦いを演じていたのだ。
周囲に毒をばらまき、獲物を弱らせる時間を稼ぐために。
まんまとそれにハマった信太郎は、出血に加えて全身に毒が回り、まともに体が動かせない。
――このままじゃ勝てねぇ。
信太郎は覚悟を決めた。
本当の力を――ベヒーモスの力を完全に解き放つ覚悟を。
おそらくだが、この力は制御できない。
この能力を使えば、信太郎は力に呑まれ、狂戦士の如く敵と味方の区別なく暴れまわるだろう。
だがこれ以外に勝つ方法は、仲間を、マリを守る手段はないと信太郎の直感が囁く。
「マリ、離れて……いや、俺から逃げてくれ」
「信ちゃん……?」
いつもと違う雰囲気になった信太郎をマリは怪しむ。
一秒ごとに別人に、信太郎の気配が人ではなくなっていく。
怖くなったマリが声をかけようとした直前、信太郎から目に見えない力が溢れた。
火山でも爆発したかのような勢いで、力の波が溢れていく。
マリどころか、あのゴースですらも力の波に押され、後ずさる。
「ぬおぉっ!? な、なんと、ここまでの力を隠していたとは……!」
予想外の力に、ゴースはうろたえる。
その瞬間、信太郎は吠えた。
人から発せられぬはずの怪物の咆哮が、大気を揺らす。
「ぬうっ!!」
「っ!?」
ゴースは怯み、マリは恐怖で腰が抜けて尻もちをつく。
信太郎の声はもはや人ではない。
その雄たけびを聞いた全ての生物に恐怖の感情が宿る。
魔獣の王にして、終焉の獣ベヒーモス。
一度怒れば目につく全てを破壊しつくす。
信太郎は体を焦がすような熱が全身に広がるのを感じ、全身の筋肉が膨れ上がるのを知覚した。
火山の噴火のように、力が一気に解放される。
「グルガァッ!」
信太郎が大地を踏みしめた瞬間、爆音と共に彼の姿が消える。
直後、ゴースの目の前に迫る信太郎。
獣のように歯を剥き出しにした信太郎の剛腕がゴースへと直撃する。
その地を揺らす一撃でゴースの骨が砕けた。
「ぐうぅっっ!? こ、小僧ぉぉぉっっ! 舐めるなぁっっ!!」
殴り飛ばされたゴースは空中で反転し、サソリ尾を突き出す。
それを避けずに受け止めた信太郎は、ゴースの尾を握り潰すと強引に引っ張る。
その瞬間、ゴースの尾は根元からもぎ取られ、その苦痛にゴースが絶叫した。
「があぁぁっ!!? お、おのれ……!」
「ゴアアァァッツ!!」
もぎ取った尾を投げ捨て、信太郎は大地を揺らすほどの雄叫びを上げる。
骨が砕けるほどの攻撃をゴースの顔面に、情け容赦なき追撃を叩き込む。
ゴースの右前足を食いちぎり、残る手足を何度も何度もグチャグチャに踏み砕く。
狂乱状態に陥った信太郎は、もうなにも考えられなかった。
ただ溢れる怒りのままに、暴れ続けた。
数十秒後。
尾をもぎ取られ、手足を潰されたゴースが苦し気にうめいていた。
それを見た信太郎は、満足そうに喝采の声を上げる。
何もかもが圧倒的過ぎた。
これが魔獣王ベヒーモスの本当の力だ。
神様ガチャによって、この能力を得た時から信太郎には何となく分かっていた。
この力は自分の手に余る。
本気で使えば我を忘れ、周りを巻き込んでしまうと。
だから信太郎は『これまでずっと力をセーブしてきた』のだ。
リミッターを外し、ベヒーモスの能力を全開に使用した信太郎にゴースが勝てるはずもない。
そのはずだった。
「……小僧、凄まじい力じゃな。じゃが、ワシには分かるぞ。その力、長くは使えぬな?」
血ダルマでふらつきながらも、体を起こしたゴースは断言する。
信太郎の拳は肉が裂け、血が噴き出していた。
強すぎる自分の力に耐えられなかったのだろう。
「まともに戦えばワシの負けじゃが、持久戦ならどうかのぅ? ちぃとばかし自信があるぞ、ほれ!」
その言葉と共に、温かい光がゴースを包み、潰されたゴースの体が急速に再生していく。それを見たマリが目の色を変えた。
「うそ! 回復魔法!?」
ゴースの能力は『捕食した人の能力を奪う』ことだ。
その内の一つがこの回復魔法だ。
今まで食い殺してきた転移者の数だけ、ゴースは特殊能力を持っている。
その力を活かして、時と状況に応じて戦い方を変えられるのがゴースの強みだ。
ゴースが狙うのは持久戦。
信太郎が自滅するまで生き延びればゴースの勝ちだ。
「では行くぞ、小僧。ワシが粘り勝つか、貴様が自滅するかが先か。勝負といくかのぅ!」
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