第33話 人喰いゴース2


「面倒じゃのぅ」



 新たな敵の登場にゴースは面倒くさそうに呟く。

 焦った様子ではなく、ただ仕事が増えたことを嘆いているようだった。



「お? なら逃げるか?」


「小僧、勘違いするでないぞ。ワシが本気を出せばすぐカタがつく。じゃが、この年になるとそれも億劫でのぅ」



 そう呟くとゴースは信太郎にだけ体毛を飛ばし、直撃した信太郎は嫌そうに顔を歪める。



「おい! 俺だけに毛を飛ばすんだよ!? なんか気持ち悪りぃし、なんかピリピリすっぞ! ノミとか持っていねーよな?」



 異変に気付いたのはマリだけだった。

 長年、信太郎を見守り続けたマリだからこそ気づいたのだろう。



 信太郎は本調子ではないと。

 明らかに動きが鈍くなっている。



「みんな気をつけて! 奴の体毛はたぶん……!」


「ああ、気づくのが遅かったのぅ」



 その瞬間、皆は膝から崩れ落ちた。

 例外は信太郎とマリだけだ。

 泡を吐き、ビクビクと痙攣しているマモルたちを見て、信太郎とマリは困惑する。

 そんな2人を見てゴースが得意げな表情を浮かべた。



「ワシには『体毛操作』と『毒液操作』の能力があってのぅ。それを応用したまでよ。今までやらなかったのは、援軍をまとめて倒すつもりだったからじゃ。運が良いのぅ、娘っ子。雷魔法で宙を漂う体毛を焼いてなかったら、貴様もこうなっていたぞぃ」



 ゴースは醜悪な笑みを浮かべる。

 彼は宙に舞った自分の体毛に毒を含ませ、呼吸と共に転移者に吸い込ませていたのだ。

 信太郎が倒れていないのは、ベヒーモスの力のおかげだろう。

 もっとも効果が薄いだけで。影響はしっかり受けているが。



「ほれほれ! お次は毒を吐くぞぃ! 防いでみせよ、小僧ども!」



 大きく息を吸い込んだゴースを見て、マリは慌てて周囲に結界を張る。

 その直後、ゴースの毒ブレスが放たれ、信太郎たちの視界が紫の毒霧で覆われてしまう。

 信太郎はマリを守るように身構える。

 だが2人が警戒する追撃はいつになっても来ない。

 固唾をのむ信太郎達の耳に、毒霧の向こう側から湿った肉の音が響いた。

 それは飢えた犬が餌を貪る時の音に似ている。



「まさか……!」



 青くなったマリは風魔法を放ち、毒霧を吹き飛ばす。

 すると霧の晴れた先で、口元を真っ赤にしたゴースが何かを貪り食っていた。

 それは信太郎やマリにとって見知ったモノだった。



「お! おめぇっ!」



 喰われていたのはマモルだ。

 血の池に沈む彼の体はすでに半分もない。



「ひっ……!?」


「遅かったのう」



 親しい知人の無惨な死に様に、マリは卒倒しそうになる。

 そんなマリを抱きとめながら、信太郎は怒りの声を上げた。

 いつもの信太郎なら、怒りのままに殴りかかっただろう。

 だが一歩踏み出すと同時に、凄まじい吐き気が信太郎を襲い、足を止めてしまった。信太郎にも毒が回ってきたのだ。



「すまぬすまぬ、ちぃと小腹が空いてのぅ」



 血まみれの顔で笑うゴースのおぞましさにマリは顔を引きつらせる。

 だが、信太郎はそれに対し、疑問を持ったようだった。

 荒い息遣いのまま、信太郎は疑問を口にする。



「いや、食う必要がどこにあった!? 戦ってる最中にそれはおかしくねーか?」


「ほう?」



 ゴースは感心した様子を見せた。



(やはり直感に優れたモノは厄介じゃのぅ、理屈抜きで真実を暴きおる)



 もう勝敗は決まったといっていい。

 確かにゴースにとって信太郎は侮れない敵だ。

 しかし毒と出血で弱り切った信太郎には、苦戦はしても負ける道理はないとゴースは確信していた。



「ふむ、冥土の土産に教えてやろう。ワシの能力は喰った人間の能力を奪うことじゃ! 貴様ら異界の住人は素晴らしいのぅ! また一つ強くなれたぞぃ」



 そう言いながらゴースは鋭い尾でそこらに転がる転移者達を刺し貫く。

 銃使いの転移者たちだ。

 飛び散る血潮と断末魔の悲鳴にマリは悲鳴を上げる。



「カカカッ! もしやこれが初陣かの? 気持ちは分かるがそんなに狼狽えるでない。言うておくが儂がその気なら貴様も死んでおったぞ?

 屍になりたくないなら儂から眼を放すでない」




 ゴースは血で染まった顔を邪悪に歪めた。



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