第32話 人喰いゴース


「カッ!」


「うおぉっ!!」



 マンティコアのゴースは鋭い尾を槍のように突き出し、それを利き腕で防いだ信太郎を、骨が折れそうな衝撃が襲う。

 吹き飛ばされた信太郎は腕をそっと抑えた。

 幸運にも骨折はしていないようだ。

 本来ならパワー負けするはずのない信太郎だが、アリスに心臓を潰されたせいで、血が足りず、力が出ない。



 足を止めた信太郎へとゴースの追撃が迫る。

 振り下ろされる爪を身をひねって躱し、信太郎はゴースの腹の下へと滑り込む。



「お返しだっ、おらぁっ!!」


「おおぅっ!?」



 その状態で信太郎は拳の連打を繰り出し、ゴースの巨体が衝撃で浮き上がる。

 慌てて飛びのくゴースへ、マモルが連れてきた3名の転移者が追撃を加えようと動く。



「甘いわっ!」



 だが攻撃される直前に、ゴースの背中に生えた黒いトゲが散弾銃のように打ち出される。



「うわっ!?」

「マモル!」



 黒トゲが冒険者達を貫く直前、突如発生したバリアが黒トゲを弾く。



「サンキュー! マモル」

「助かったぜ」


「気にすんなよ。それよかどんどん攻めてくれ。攻撃はすべて俺が弾く」



 転移者の礼にマモルは疲れた様子で返答する。

 彼らは隣の都市にいた転移者だ。

 元々仲の良い友人だったそうで、奇しくも引いたガチャの種類も能力も同じだった。

 彼ら3人は青いガチャを引き、自分の望んだ能力――ゲームのキャラと同じ能力を手に入れた。



 彼らの能力は『特殊部隊の兵士』。

 銃で他のプレイヤーと対戦するネットゲームにハマっていたらしく、弾数無限のアサルトライフルやショットガン、そしてマグナムを所有している。

 おまけに身体能力も軍人並みに高い。

 薫の上位互換のような転移者達だ。

 反面、防御能力は低いので、マモルのバリアで守らねばならないが、火力や攻撃速度は申し分ない。



 銃使いの転移者を、マモルがバリアで援護し、彼らは銃弾の嵐を浴びせる。

 しつこく顔を狙われたゴースが怯めば、太郎がそこを攻める。

 即席だが、この戦術は今のところうまくいっていて、意外にも戦況は拮抗していた。



「ふ~む、なかなかに手強い……。攻め方を変えるとするかのぅ」



 うんざりとした表情のゴースがそうつぶやいた直後、ゴースの全身から何かが発射され、信太郎達に直撃した。

 マモルがバリアで守っていなかったら、銃使いの転移者達は全滅していただろう。



「信太郎! お前さんは大丈夫か?」


「おう! なんか毛みたいの飛ばしてきたぜ」


「毛……?」



 困惑するマモルの前で、信太郎は毛針のようなものを手で弄ぶ。

 長さ5センチ程の太い裁縫針といった感じだ。



「悪いがここから先の時間はすべてワシが貰う。バリアとやらを解いた瞬間に終わると思え」



 その直後、ゴースはマシンガンの如く毛針を撃ちだす。

 攻撃の全てはマモルのバリアで防がれるが、反撃に移れない。

 攻撃するためにバリアを解けば、その瞬間にマモル達は死ぬだろう。



「ちょっ、ヤバくない?」

「マモル、どうすんだ!?」

「攻撃できねーぞ!」


「っ! 今考えてる!」



 焦る銃使い達の言葉に、マモルは怒鳴り返す。

 そんな彼らを、ゴースは愉悦の表情で見つめてくる。

 その獲物を嬲るような視線に、マモルの肌に鳥肌が立つ。



「どうした? 攻めてこんのか? ならこちらから行くぞぃ」



 ゴースは大量の毛針を飛ばしながら、マモルへと突進してきた。

 マモルさえいなければ、3人の銃使いなどゴースの敵ではない。

 目障りなマモルから倒すつもりのようだ。



「させねーぞ!」



 迫るゴースとの間に信太郎が入り、その突進を受け止めるが、明らかにパワー負けして後ずさる。

 わずかに怯んだ隙に、信太郎の頭へとゴースのサソリ尾が突きこまれ、鈍い音が響く。



「いってぇな!」


「ふむ、小僧。本当に頑丈じゃのぅ」



 渾身の一撃を受けてもかすり傷しかつかない信太郎の体に、ゴースは呆れた様子で追撃を仕掛けた。

 ゴースの丸太のような一撃を受け止め、お返しとばかりに信太郎の豪拳が唸る。

 もはや避けるのが面倒になったのか、ゴースと信太郎は足を止めて殴り合いを始めた。

 一見すると互角に見える戦いだが、弱った信太郎では分が悪いのか、ジワジワと押されていく。



(クソっ! このままだと……!)



 反撃に映るチャンスが全くなく、マモルは焦り始める。

 彼のバリアはあまり長続きしない。

 信太郎をバリアで守っていないのも、少しでもバリアの持続時間を延ばすためだ。



(ガンマ達はまだか!? こいつらを下げて俺と信太郎で戦った方がいいかもしれねぇ)



 不安そうにこちらを見つめる3名の転移者を見て、マモルはそう考えた時だった。



 稲光と共に、空を引き裂くような雷鳴が轟く。

 思わず目を閉じてしまったマモルが目を開けると、体毛をわずかに焦がしたゴースが痛そうに顔をしかめていた。



「ぬうっ。また面倒なのが増えたわぃ」



 信太郎がゴースの視線を辿ると、そこには見慣れた少女が立っていた。



「マリ!」


「遅くなってごめんね」



走ってきたのか、汗だくのマリが微笑んでいた。

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